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◎「平和リレー講座」で豊田市高岡地域へ(下)

 昼食をとった後、トヨタ自動車堤工場の裏側にある上丘町の歌碑へ向かった。堤工場の裏側に屋根がドーム状の配水場がある。堤工場に勤務している人なら一度は目にしているのではないだろうか。

 この場所は海抜41mにある堤小学校区では1番高いところだそうだ。配水場の入り口近くに歌碑があった。

リレー 下1 配水場
(トヨタ堤工場の裏の配水場のそばにある歌碑)

リレー 下2 歌碑
(歌碑)

 「銃持ちて 丘に来れる 女学生の 一群ありて 射撃始めぬ」

 終戦に近い1943年(昭和18年)の頃になると、男は召集令状で戦場に次々と送り込まれた。軍需工場では人手不足になり、女学生らが女子挺身隊として動員された。

 現在のトヨタ元町工場の場所に、東海航空というパラシュートの軍需品を作っている工場があった。その工場で働いていた女子挺身隊が、御新宮山(現在のトヨタ堤工場の南のあたり)で銃剣を持ち演習を行った。

 先の歌碑は、その様子を見ていた上丘町の杉本栄一さんが作った歌だ。トヨタ労働者が働くこんな身近なところに、かつて戦争があったのだ。

リレー 下3 歌碑2
(歌碑の解説板)

リレー 下6 トヨタ堤工場
(トヨタ堤工場周辺の航空写真。矢印が配水場)

 次に、今回の講座の最後に名鉄竹村駅から北へ向かった。名鉄電車が空襲の被害を受けた場所だ。竹村駅から土橋駅方面に約100m行ったところに信号があるが、その所だ。

 このあたりで、米軍の戦闘機・マスタング2機による空襲を受け、乗客7人が死亡、70人が負傷した。空襲は、終戦前日の8月14日に起きた。同じ日、トヨタ本社工場に模擬原子爆弾が落とされた作戦と同じものだった。

 地元の竹村に住んでいる新日本婦人の会豊田支部の冨田八千代さんは、当時の目撃者を訪ね歩き、証言者の話を多数集めてきた。その証言を紹介してくれた。この事件では、地元の人の死傷者は1人もいなかったため、今ではこの事件を知る人は少ないという。

リレー 下4 名鉄1
(名鉄電車が空襲を受けた場所。名鉄竹村駅から北へ約100m)

リレー 下5 名鉄2


 戦争展のために、現地調査をする「リレー講座」も、今回で豊田市を一巡したことになる。豊田市全域に戦争の被害や傷跡があったことに驚いた。戦争は戦場にいる兵士だけのものではなく、国民の日常生活をはじめ生き方にも大きな影を落としていたことに気づかされた。

 2度とこのようなことが繰り返されないために、多くの国民・豊田市民が、身近なところにある戦争跡のことを知って欲しい。8月25日(土)、26日(日)には、豊田市産業文化センターで開かれる「豊田市平和を願う戦争展」にぜひとも出かけて欲しい。今回の講座で調査したことも展示される。

 プレ企画として、7月14日(土)には、豊田市福祉センターホールで映画「望郷の鐘-満蒙開拓団の落日―」が上映される。上映時間は、午後2時15分から4時まで。鑑賞券は、一般が1000円で、これも見て欲しい。
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戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/05/07 11:29
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