◎「平和リレー講座」で豊田市高岡地域へ(上) 天皇視察のもとで軍事演習

 今年も38回目になる「豊田市平和を願う戦争展」が8月25日(土)、26日(日)に豊田市産業文化センターで開かれる。それに先立って「第18回豊田市平和リレー講座」が4月29日(土、祝日)に開かれ、豊田市南部の高岡地域で現地調査が行われた。

 今回の調査の目玉は、昭和天皇の視察のもとで行われた1927年(昭和2年)の陸軍特別軍事演習にかかわる戦争遺跡を訪ね、調査することだった。

 第1次山東出兵(昭和2年)、張作霖爆殺(同3年)、山本宣治刺殺・市川正一ら検挙(同4年)…日本が中国侵略を着々とすすめ、日本共産党の壊滅をねらっていた時期である。

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(陸軍特別軍事演習が行われた場所で参加者たち。かつては遠く名古屋まで見通せたといいます)

 参加者はマイクロバス2台に分乗して現地を回った。最初に駒場町の天皇訪問の碑へ行く。「今上駐蹕之所」(きんじょうちゅうひつのところ)と書かれた碑があり、少し離れたところに「御更衣之所」と書かれた石柱があった。

 「駐蹕」という難しい言葉は、天皇が一時、乗り物を停めるところ、その土地に駐留することを意味するという。戦前は、こんな仰々しい言葉を使ったのだ。東京、名古屋、大阪から約2万8000人もの兵隊が参加したという。

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(昭和天皇の視察の写真のコピーを見ながら、参加者は軍事演習場跡を見て回りました)

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(「今上駐蹕之所」(きんじょうちゅうひつのところ)の碑)

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(「御更衣之所」の石柱)

 地元の人の説明では、当時(今から91年前)、このあたりは何もない平原で、遠く名古屋まで見通せる場所だったという。今では想像もつかない。中国東北部(満州)の地形によく似ていたということで、演習地に選ばれたそうだ。中国侵略戦争の準備がここで行われていたことになる。非常に驚いた。

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(今回のリレー講座で回る高岡地域周辺の地図)

 この場所は、以前に駒場町の自治会の地区役員をやっていた頃、防虫剤の噴霧作業をしたところだった。その時は、「昔、天皇陛下が来たところだ」としか聞いていなかった。

 ちょっとした広場としてしか見えないこの場所。その先にトヨタ自動車の高岡工場がある。そんな戦争の歴史があったと思う人はいないのではないかと思う。私も、戦争に関する碑がある、と軽い気持ちでしか考えていなかった。

 次に回ったのは、駒場町の集落の中心にある徳念寺だった。この寺は、1944年(昭和19年)から名古屋からの学童疎開を受け入れていた。終戦の年の45年(昭和20年)1月13日未明の3時38分ころ、マグニチュード7・1の大地震が襲った。

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(徳念寺)

 一早く外に飛び出した児童2人が山門の下敷きになって死んだという。この三河大地震で徳念寺が危険になったために、120人の児童は知立市の浄教寺に移った。このような学童疎開は、この地域でも数多くあったそうだ。
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戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/05/04 17:15
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