◎海軍航空隊基地があった豊田市 平和を願う戦争展に900人

 30回目の「豊田市平和を願う戦争展」(実行委員会主催)が、7月22日(土)から23日(日)まで、小坂町の豊田産業文化センターで開かれた。2日間で約900人の市民が参加した。

 遺族会関係者やトヨタ自動車OBらの姿も見られた。約500点の展示パネルや戦争遺品などを熱心に見入っていた。夏休みに入り、子どもたちの姿も見られた。

戦争展1


 今年の特徴は、トヨタのエンジン工場、上郷工場がある上郷地区を取り上げ、その調査の成果を「上郷と戦争」としてパネルで特集していることだ。戦争展に先立つ今年4月29日、50人が参加して「豊田市平和リレー講座」が開かれ、上郷地区で戦争跡を調査した。

 戦前、上郷地区から岡崎市、安城市にまたがって岡崎海軍航空隊(第1、第2、第3航空隊があった)の基地があった。14~19歳までの若者、約1万2000人が戦闘実践訓練をされたが、その期間はわずか6カ月であったという。

戦争展3


 アジア太平洋戦争末期の1942年、住民の土地と家を取り上げ、建設された航空隊では、若者をまるで促成栽培のように兵士に仕立てようとしたのだ。無謀な侵略戦争だったことがわかる。

 会場では、「戦争体験を聞く会」が開かれていた。戦後72年、戦争体験者は次々に亡くなっている。侵略戦争の真相、真実を若者に語り継いでいくことは、ますます重要だ。

戦争展2


 この豊田市に、終戦1日前の1945年8月14日、長崎に投下された原爆と同型の模擬原子爆弾「パンプキン」が3発、現在のトヨタ本社工場とその周辺に投下された。

 民家の床の間に刺さり保存されていたパンプキンの小さな破片が、昨年に続いて展示されている。終戦が遅かったら、世界1、2位を争う現在のトヨタ自動車はなかったのだ。

戦争展5


 安倍政権は、秘密保護法、安保法制(戦争法)、共謀罪などを次々強行し、「戦争ができる国」へと突っ走しっている。侵略戦争の痛切な反省から生まれた憲法9条を2020年までに改悪しようとしている。

 30回目を数え、すっかり豊田市の平和の行事として市民の支持を得、定着した戦争展。多くのカンパも寄せられているという。住んでいる豊田市の過去の歴史に向かうことは、平和な日本、豊田市をつくる第1歩になると思う。

戦争展4

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 この記事は、7月25日にアップする予定でしたが、都合により前日にアップしました。
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トヨタの街から | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/07/24 13:32
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