◎「平和の使者になることができる」 沖縄・女子高生の詩

 沖縄戦から72年目の6月23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」(主催・沖縄県と県議会)が開かれました。

 このなかで自作の詩「誓い―私たちのおばあに寄せて」を朗読した沖縄県立宮古高校3年生の上原愛音(ねね)さん。「平和の使者になることができる」との呼びかけが感動を呼んでいます。

 合唱団で鍛えたという、すがすがしいなかにも力強い声で、原稿を見ることもなく朗読した上原さん。4年前の2013年に同じ「追悼式」で自作の詩「へいわってすてきだね」を読んだ当時6歳の安里有生君-。

 さらに、22年前の1995年10月21日、米兵による少女暴行事件を受けて宜野湾市で開催された沖縄県民総決起大会。当時、普天間高校3年生だった仲村清子さんの決意表明。

 いずれも、20万人が亡くなったといわれる沖縄戦をふたたびくり返さないという決意と、そのためには米軍基地の全面撤去を求めるという若者たちの思いにあふれています。

 上原さんの詩です。

 今日も朝が来た。/母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。/いつも通りの平和な朝が来た。/七十二年前/恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで/おばあもこうして/朝を迎えたのだろうか。/おじいもこうして/食卓についたのだろうか。

 爆音とともに/この大空が淀んだあの日。/おばあは/昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を/友と歩いた砂利道を/裸足のまま走った。/三線の音色を乗せていた島風に/鉄の臭いが混じったあの日。/おじいはその風に/仲間の叫びを聞いた。

 昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り/生きたいと泣く/赤子の声を抑えつけたあの日。/そんなあの日の記憶が/熱い血潮の中に今も確かにある。/決して薄れさせてはいけない記憶が/私の中に/私達の中に/確かに刻まれている。

上原愛音さんの詩
(「しんぶん赤旗」、6月24日付から)

 少女だったおばあの/瞳いっぱいにたまった涙を/まだ幼かったおじいの
両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを/私達は確かに知っている。/広がりゆく豊穣の土に芽吹きが戻り/母なる海がまた/エメラルドグリーンに輝いて/古くから愛された/唄や踊りが息を吹き返した今日。

 でも/勇ましいパーランク―と/心臓の拍動の中に/脈々と流れ続ける/確かな事実。/今日も一日が過ぎゆく。/あの日と同じ刻ときが過ぎゆく/フェンスを飛びこえて/締め殺されゆく大海を泳いで/癒えることのない/この島の痛み

 忘れてはならない/民の祈り/今日響きわたる/神聖なサイレンの音に/「どうか穏やかな日々を」/先人達の願いが重なって聞こえる。/おばあ、大丈夫だよ。/今日、私達も祈っている。/尊い命のバトンを受けて/今/祈っている。

 おじい、大丈夫だよ。/この島にはまた/笑顔が咲き誇っている。/私達は
貴方達の想いを/指先にまで流れるあの日の記憶を/いつまでも/紡ぎ続けることができる。/誓おう。/私達はこの澄んだ空を/二度と黒く染めたりしない。

 誓おう。/私達はこの美しい大地を/二度と切り裂きはしない。/ここに誓おう。/私は、私達は、/この国は/この世界は/きっと愛しい人を守り抜くことができる。/この地から私達は/平和の使者になることができる。

 六月二十三日。/銀の甘蔗(かんしょ)が清らかに揺れる今日。/おばあ達が見守る空の下/私達は誓う。/私達は今日を生かされている。

 上原さんの詩の朗読の動画は、次のアドレスで見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=ygVgvCfCQoo&feature=youtu.be
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沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/25 10:44
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