◎豊田市に残る戦争遺跡・岡崎海軍航空隊基地跡

 今年で17回目となる「豊田市平和リレー講座」が4月29日(土)、開かれた。マイクロバス2台に50人が参加した。今年は豊田市南部の上郷地域から岡崎市、安城市に広がっていた岡崎海軍航空隊(第1、第2、第3航空隊があった)の基地跡を見てまわった。

 配布された資料などによると、アジア太平洋戦争末期の1942年、急きょ侵略戦争の最前線舞台として岡崎海軍航空隊基地が設立されたという。

 基地からは14歳から19歳の青年約1万2000人が飛行予科練生として全国に配属された。戦後の半年間は、米軍の管理下となり、全国から集められた米兵約3万人が本国へ帰還する拠点となった。

 基地は、地主関係者約1000人を半年で強制的に立ち退かせられた上に、朝鮮人約3000人と名古屋から集めた囚人約450人をはじめ周辺のすべての中学生を動員してつくられた。

 地域の戦没者は267人を数える。戦後の土地開拓は想像を絶する苦闘が続いた。これら戦争の苦難の歴史が残っている地域だ。しかし、戦争遺跡などはほとんどなくなっている。墓碑群や給水施設の跡などを見てまわった。

20 平和リレー講座 地図2
(現在の地図に岡崎海軍航空隊基地を重ねると…)

 今回のリレー講座で1番驚いたのは、豊田市の上郷地域に県下最大の海軍飛行場があったということだ。豊田市北部の伊保原飛行場(浄水町)の事は知っていたが、こんなに大規模な飛行場もあるとは、今回まで知らなかった。

 岡崎・安城から現在のトヨタ上郷工場(エンジン工場)の手前まで1500mの滑走路を中心として航空隊の宿舎を始め訓練施設が広がっていたというのだ。現在の三菱自動車岡崎工場の大部分が元基地の中にあるという。

 愛知環状鉄道(愛環)もこの中を走っている。トヨタの労働者の多くが愛環を使って通勤し、本社地区のある三河豊田駅などで降りている。何人がこのことを知っているのだろうか? ほとんどの人が知らずに通勤しているのではないだろうか。

平和リレー1
(野田味噌商店の味噌蔵)

平和リレー4
(野田味噌商店で学ぶ参加者)

 豊田市の桝塚西町の野田味噌商店では、第2・第3岡崎海軍航空隊の格納庫が味噌蔵として再利用されている。社長みずからが内部を案内して熱心に説明してくれた。今回が初公開という写真パネルも用意してくれていた。

平和リレー3


 今年の「第30回平和を願う戦争」(7月22~23日、豊田市産業文化センター)では、今回の調査結果が展示される予定だ。ぜひ多くの人に見てもらいたいと思った。

平和リレー2
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戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/05/01 18:41
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