◎トヨタ系 三輪さんの過労死認定確定 厚労省が上告断念

 トヨタ系の会社で働いていた三輪敏博さんの過労死(死亡当時37歳)が名古屋高裁で認定されましたが、厚労省が3月9日、上告を断念したために判決が確定しました。

 名古屋高裁での判決は2月23日。上告期限(2週間)ぎりぎりの9日夕方、厚労省が上告をあきらめたという知らせに、裁判に訴えていた妻の香織さん(39)は、「支援していただいたみなさんのおかげです。ありがとうございました」と喜びの声を語りました。

 敏博さんの過労死から5年半。半田労基署や名古屋地裁で過労死と認められないなかでも2人の子どもを育てながら、名古屋高裁で画期的な逆転勝訴となりました。

 そして、三輪さんや支援する会の上告しないでの要請や日本共産党の小池晃参院議員(書記局長)の厚労省政務官への要請(3月7日)などで、ついに高裁判決を確定させたのです。


三輪さん 20150211
(トヨタ総行動で支援を訴える三輪香織さん=2015年2月11日、豊田市)

三輪さん 20160316 名古屋地裁敗訴
(名古屋地裁で敗訴した時の三輪香織さん=2016年3月16日)

三輪さん 20170223
(名古屋高裁判決で勝利し、水野幹男弁護士=右=、岩井羊一弁護士と喜ぶ三輪香織さん=2017年2月23日)

 敏博さんは、トヨタテクノクラフト(本社・東京、トヨタが100%出資の子会社)の関連会社、テー・エス・シー(同社の100%出資の子会社)のチームリーダーでした。

 敏博さんは、トヨタテクノクラフトの愛知工場(東海市)で働いていました。おもな仕事は、トヨタの救急車の防振ベッドの組立・架装でしたが、連日、プリウスの試作現場へ応援に行くなど多忙をきわめていました。

 亡くなった2011年は、東日本大震災のばん回生産で、節電を理由にトヨタと関連会社は7~9月まで木金休み、土日出勤という変則勤務を実施していました。

 敏博さんの生活リズムは大きく崩れ、うつ病も発症し、同年9月27日、自宅で虚血性心疾患で亡くなりました。香織さんは、半田労基署に労災申請しましたが12年10月、却下されました。

 香織さんは、労基署の決定を取り消すよう名古屋地裁へ厚労省を相手取って提訴しました。厚労省の過労死認定基準は、亡くなる1カ月前の残業は「おおむね100時間」ですが、厚労省側は85時間と算出。香織さんは、サービス残業を含めて99時間と主張してきました。

 しかし、名古屋地裁は、厚労省側の算出を認め、「過重な労働とはいえない」とのべ、三輪さんの訴えを退けました。

 これに対し名古屋高裁の藤山雅行裁判長は、残業は「少なくとも85時間48分であり、この時間外労働時間数だけでも脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷である」と認めた上で、さらに次のように指摘しました。

 「これに加えて、時間外労働の時間帯において休憩時間が確保できていなかった時間があること、終業時刻後に時間外労働をしていた時間が存すること…うつ病による早期覚醒の症状が加わって…発症前1カ月間、睡眠時間が1日5時間程度の睡眠が確保できない状態…うつ病にり患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる」

 藤山裁判長は、100時間に満たなくとも、サービス残業やうつ病による睡眠時間の減少などを総合的に判断し、1審判決をくつがえして労災と認めたものです。

 安倍政権は、「働き方改革」と残業の上限規制を検討していますが、日本経団連は、「特例」として月100時間まで認めるよう圧力をかけています。名古屋高裁判決が確定し、85時間でも過労死と認められたことで、100時間の残業がとんでもないことであることが明確になりました。

 過労死の認定を求める請求件数は15年度で283件ですが、このうち認定されたのは96件、過労自殺は請求件数199件のうち93件と3分の1から半分にとどまっています。

 三輪高裁判決が確定したことは、労基署、裁判所で運動している遺族や支援の人々にとって大きな力になるでしょう。
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過労死 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/03/10 13:03
コメント
No title
無償残業を強いられてうつ病になった場合、強要者は強要罪と過失傷害罪に問われないのでしょうか?
このような状況を、見ざる、言わざる、聞かざるを決め込んでいた御用組合の責任は?
社外監査役への直訴は、可能なのでしょうか?

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