◎超短編で描いた小説の世界、「鰭紙」

 現在では想像しにくいことですが、江戸時代の東北地方は、冷害でたびたび飢饉にみまわれました。作家の故・吉村昭は、事実を丹念に掘り起こし、代表作の「戦艦武蔵」などの小説を発表してきました。

 ルポと見間違うくらいの小説が多く、東日本大震災の直後、「三陸海岸大津波」(文春文庫)が多くの人々に読まれました。同じ岩手県を扱った原稿用紙10枚程度の超短編に「鰭紙(ひれがみ)」があります。

 江戸時代の南部藩で起きた飢饉を題材にしたものです。大庄屋の家から天明飢饉の時の文書が見つかりました。小説では、「餓死者が増し、人べらしのため老人や子供を殺して川に流すのが習わしのようになり、牛、馬すべて食いつくしたことが、淡々とした筆致でつづられている」と書いています。

 すさまじい飢饉です。さらにある家では、老婆と別の家の老父の死体の取引があったといいます。大庄屋の目撃情報も記されていました。若い女が川岸に寄せられた子供の死体の肉を小刀で切りさいて、口にしていたのです。

天に遊ぶ


 小説は、資料のこの若い女の部分に、後世、鰭紙が貼られてあったと書きます。その鰭紙は、若い女のその後が書かれてありました。小説「鰭紙」が単にルポに終わっていないのは、この鰭紙にこそ小説の世界があったのです。

 吉村昭は、大庄屋の資料は、飢饉史の貴重な資料と呼ぶにふさわしいと書きながら、10枚ほどの超短編に人間を描いています。小説「鰭紙」は、新潮文庫の『天に遊ぶ』に収録されています。
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その他 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/11/26 10:16
コメント
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ホロドモール(ウクライナ語: Голодомо́р[1];英語: Holodomor, Famine Genocide)は1932年から1933年にかけてウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉である[2]。


ウクライナでは1919年のウクライナ社会主義ソビエト共和国の成立を経て、1922年にはロシア・ソビエト連邦社会主義共和国や白ロシア・ソビエト社会主義共和国とともにソビエト連邦を構成した。ソビエト・ロシアにとって、ウクライナから収穫される小麦の輸出は貴重な外貨獲得手段であった。飢餓が発生してもウクライナの小麦は徴発され、輸出に回され続けたため、それが更なる食糧不足を招くことになった(飢餓輸出)。
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スターリン主義の旧ソ連とたたかった日本共産党、旧ソ連の崩壊をもろ手をあげて歓迎した日本共産党を知らないのですか? 何を書いているんですか。もっと勉強、勉強。
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日本共産党中央機関紙 前衛 1953年4月号
平和と解放のみちびきの星 スターリンは我らの胸に

もろ手をあげてスターリン礼賛

志井和夫委員長の叔父はソ連KGBのスパイで大活躍したお陰で甥の本人も日本共産党で大出世。
志井和夫委員長がソ連スパイの叔父を批判したことなんてあったかな?

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