◎奈良時代に労働待遇改善要求書

 今日11月3日は文化の日。奈良市の奈良国立博物館は、毎年このシーズン、正倉院展で賑わっています。先日、今年で68回目を迎える正倉院展に行ってきました。

 目玉はペルシャ風水差しの「漆胡瓶(しっこへい)」。正倉院には、シルクロードを渡ってきたり、その影響をもとに中国などでつくられた宝物がたくさんあります。

 そうした宝物に見入りながら、ふと足が止まったのは、正倉院文書の1つでした。奈良時代には、お経を筆で写す「写経所」という役所がありました。そこで働く写経生たちがまとめた“労働待遇改善要求書”があったからです。

 これまでの研究で、写経生たちは、夜明けから薄暗くなるまで1日十数時間、寝泊りしながら働いていたことがわかっています。しかも、仕事はぼう大なお経の漢字を現在の活字のように写すことです。集中力と忍耐力が必要です。

60 正倉院文書
(正倉院文書)

 「毎月一度退以五日為体」(1か月に5日は休みたいという要求)
 この要求をはじめ、写経生たちの労働待遇改善の“6カ条の要求”が記してあります。

 ☆仕事着は、汚れているので新しいものと交換して欲しい
 ☆食事は黒飯など粗悪なので改めて欲しい
 ☆机に向かい座って仕事しているので、胸が痛み、足がしびれる。3日に1度、薬分として酒を支給して欲しい

 この文書には、訂正や書き込みなどが多数あることから下書きです。実際に清書されて要求書として出されたかどうかは、他に資料がないことからわからないといいます。

 しかし、1300年前に写経生という、現在でいえば労働者が労働環境の劣悪さを訴え、団結し、改善するよう要求書をまとめようとしていたことがわかります。

正倉院
(正倉院)

 奈良時代といえば、万葉集の「あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」で知られていますが、これを享受したのは、天皇や百数十人といわれる貴族たちだけです。

 圧倒的には、下級役人や写経生ら庶民・民百姓です。こうした人々が労働のきつさに苦しみ、そこから抜け出そうと要求をまとめたことが正倉院文書から浮き彫りになってきます。

 聖武天皇の遺品といわれる正倉院宝物の中には、奈良時代の庶民が現在のわれわれと何ら変わらないことを教えているものがあるのです。今回の展示には奈良時代の戸主、続柄、名前、年齢などを書き記した戸籍もあり、興味深いものでした。
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その他 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/11/03 10:35
コメント
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すまじきものは宮仕え、ですね!

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