◎グローバル時代の先駆け 米原万里姉妹

 料理家で、故・井上ひさしさん(作家)の妻の井上ユリさんが、『姉・米原万里』(文芸春秋)を出版しました。副題に「思い出は食欲と共に」とあるように、料理を通じて、作家で『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』などの著作があり、2006年に56歳の若さで亡くなった姉の米原万里さんを追悼しています。

 一読して、グローバル時代の先駆けになった姉妹だということを痛感しました。姉妹の父親は、日本共産党の幹部で衆院議員(3期)だった故・米原昶(いたる)氏です。

 米原氏は、鳥取県の素封家の家に生まれましたが、戦前、日本共産党の活動に参加し、旧制一高を放校処分されます。戦後、『平和と社会主義の諸問題』誌の編集委員として党から派遣され、妻と子ども2人(万里、ユリ姉妹)とともにチェコスロバキア・プラハへ赴任します。

 プラハで姉妹は、在プラハ・ソビエト学校で学びます。数十カ国の子どもたちが通うこの学校で知り合ったのが、父親が「世界労働組合連盟」の仕事でプラハに赴任していた小森陽一・東大教授(作家の大江健三郎さんら9人が呼びかけた「9条の会」の事務局長)です。

 井上ユリさんは、在プラハ・ソビエト学校での光と影を描きながら、美しい都・プラハで過ごした姉妹の成長と料理などを、万里の報復絶頂の著作から引用しながらたくみに書いています。大国主義、覇権主義でソ連を崩壊させることになるスターリンの巨悪が、まだ明らかにならない時代のことです。

 酸味の強烈なロシア風黒パンで育ち、後にロシア語の通訳として活躍する万里がロシアから帰ると、黒パンを大量に買ってきたといいます。トランクに染み込んだ万里の香水が黒パンにも付いており、もらったものの「ちょっとつらい」と書いています。

10 『姉・米原万里』


 姉妹は、1960年安保闘争の前後の約5年間をプラハで過ごした後、父親の帰国にともない、ふたたび東京で過ごします。万里は、東京外大を経て通訳となって世界をめぐり、後に作家となって精力的に出版します。

 ユリさんは北海道大学を経て大阪あべの辻調理師学校で学び、ベニスなどイタリアのレストランで研修します。姉妹の半世紀にわたるグローバルな活躍と交友関係、料理などの暮らしを描いた本を一気に読みました。

 いまやネットで、瞬時に世界のことが手に取るようにわかる時代になりました。国内で生産したクルマが世界各地で走る時代になりました。グローバルな視野で物事を見たり、考えたりしないと事の本質が理解できない時代です。

 姉妹は、グローバル時代の日本人の先駆けだったことが、よくわかります。ユリさんが夫のひさしさんの本から引用しているのを、孫引きさせてもらいましよう。ひさしさんは、「米原万里展」の開催に尽力するなど、あまりにも早い作家・万里の死を惜しんでいました。

……
 僕の蔵書は20万冊あまりといわれています。確かに、1日30冊くらいのペースで本を読んでいますので、そのくらいになるかもしれません。(略)

 本から得たものをいったん体に入れ、年表を作ったり、いろいろ試行することが、僕の知識の元になり、書くということにも繋がっていくのです。体にどんどん入れる情報がいくつか集まって、知識になります。その知識を集めて、今度は知恵を作っていくのです。
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その他 | コメント(11) | トラックバック(0) | 2016/10/12 05:01
コメント
No title
井上ひさしさんの妻井上ユリさんは後妻で最初の奥さんは
故井上ひさしさんによる家庭内暴力などがあり離婚していた。

共産党の不破しなどとタッグを組んで平和論を外では言いつつも
家庭内ではDVという暴力性を見せていましたね。


以下引用

西舘好子は『修羅の棲む家』(はまの出版)でひさしから受けた家庭内暴力を明かした。この本で「肋骨と左の鎖骨にひびが入り、鼓膜は破れ、全身打撲。顔はぶよぶよのゴムまりのよう。耳と鼻から血が吹き出て…」[28]と克明に記している。ひさし自身も離婚以前に「家庭口論」等のエッセイで自身のDVについて触れてはいるが、こちらはあくまでもユーモラスな筆致で、しかし上記の内容について自慢げな描写もある。 一方で、好子夫人も井上に対して「噛み付く、ひっかく、飛び道具を使う、噛んだら離さない」など、一方的に暴力を振るわれていたわけではなかったという矢崎泰久の目撃証言もある。
No title
夫婦喧嘩に対し、警察は民事不介入を原則にしています。また、またどこからの引用ですか。もっと大きくグローバルに目を向けようではありませんか。ご苦労様です。
No title
10年前の共産党はDVも犯罪と言っていたのに後退してしまったのかな?
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-09-12/2005091213_01_0.html
配偶者、恋人への暴力であるドメスティックバイオレンス(DV)。「夫婦間でも暴力は犯罪」と、各地で被害者支援と根絶にむけた対策が取り組まれています。昨年十二月の改正DV防止法では、国と自治体の被害者にたいする自立支援の責任を明記しました。
No title
西舘好子氏がDVで訴えたのですか?
No title
氏は文筆家なので出版の舞台で問題提起していますね。
実際に本も出ているので是非読んでみてください。

タイトル
男たちよ妻を殴って幸せですか?―ドメスティック・バイオレンスの周辺

内容説明

著名作家の妻の座は暴力に怯える日々だった。自らの体験をもとに家庭内暴力(DV)の恐ろしさとその対策を、グローバルな視点と取材で書き下ろした待望の本。苦しんでいるあなたを救います。
目次

1章 ドメスティック・バイオレンス―私自身が味わったこと
2章 苦しんでいるのはあなただけではない―私が扱った相談例から
3章 男はなぜ妻を殴るのか―DVの本質
4章 女性たちよ、アクションを起こそう―諸外国に見るDV対策
5章 現代の「駆け込み寺」として―DV撲滅への私の願い
巻末資料 DV防止法の概略全国DV相談支援センター一覧
著者紹介

西舘代志子[ニシダテヨシコ]
1940年東京生まれ。大妻女学院卒。1961年、作家・井上ひさし氏と結婚。82年劇団「こまつ座」を設立し、座長兼プロデューサーとなる。1986年、井上氏と離婚、西舘督夫氏と結婚し、劇団「みなと座」を設立。女性路線のもとに数多くの演劇活動を行ない、95年スポニチ芸術大賞を受賞。現在、ニュースキャスターの資質を問う会事務局長、日本文化をかじる会主宰、日本子守歌協会代表、西舘代志子プロデュース室代表として活躍中。自らの体験をもとにDV問題にも取り組むようになり「代志子のDV相談センター」を開設した
No title
西舘代志子氏と井上ひさし氏との夫婦の間でどんなことがあったのか、日本共産党は知るよしもありません。しかし、井上ひさし氏が憲法を守るために9条の会で役割を果たしたことなどまで否定するのはいかがでしょうか。あなたは、事実かどうかもわからない、ある1点だけをとりあげて日本共産党を攻撃するのはいかがでしょうか。
 電通に対し、厚労省が立ち入り調査しました。その事実の重みをどう考えるのですか? それに蓋をして日本共産党と企業を同列にし、あれこれいうのは電通の違法な長時間労働を免罪することになるとは思いませんか? 電通に対し、何か一言でもいうことはないのですか?
No title
電通は糞でゴミ、共産党も同様で労基署の監査を受けても良いでしょう。

「修羅のすむ家」などのDV被害を告発した本が出版されたのは1998年で共産党が知るよしも無いと言うのは嘘。
実際の被害者である方の告発を無視して加害者側の井上ひさし氏を擁護しているのは「共産党に都合が悪い事実は認めたくない」からですか?

不破氏などとタッグを組んで活動されたのは告発以後も続いて居ましたよ。

「後妻が共産党の重鎮の系譜」だとDV被害を前妻に告発されてても調べもしないの?
No title
なお、井上ひさし氏は自著「巷談辞典」において少年時代に猫をやぐらから落としたりガソリンをかけて焼き殺したりといった事を自白しています。
No title
なんでもかんでも日本共産党の責任という。そのエネルギーを政権党に向けたなら、もっといい日本になるはず。
No title
共産党が都合の悪いことを隠さないで自浄作用を発揮している党だったら与党も襟を正すだろうけど、現状では白紙の領収書は自分もやってるし党の重鎮の系譜ならDV被害訴えられても黙殺、職員は労働者扱いもされないとかいう腐敗ぶりですからね。

与党がだらしないのは野党が同じくらいだらしないから。
No title
政権党の巨悪をあぶりだすと、あれこれ言って日本共産党も同じだと言う。企業と政党を同一視する。そんな人はどこにもいないですよ。あなたのコメントは、客観的に見たら、巨悪を擁護する何物でもないでしょう。社会の発展のために、少し冷静になりませんか。

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