◎戦後71年 DVDで「母と暮らせば」を見た

 今日は8月14日。トヨタ自動車の本社工場など豊田市に、核模擬爆弾3発が米軍によって落されて71年目になります。長崎に落された原爆と同型の核模擬爆弾です。明日15日は、戦後71年目の終戦の日です。

 DVDで、山田洋二監督の「母と暮らせば」を見ました。長崎の原爆で亡くなった医学生・浩二(二宮和也)が、母親で助産婦の伸子(吉永小百合)の前に、幽霊になって現れるファンタジーです。浩二の恋人だった町子(黒木華)は、たまたま腹痛で軍事工場を休んで死をまぬがれました。

 浩二が亡くなって3年。小学校の教師となった町子は、伸子の家に通い続けます。けなげな町子を見て、伸子や浩二は、浩二のことを忘れて結婚することをすすめます。ある日、町子は片足が戦争で不自由になった男性を連れてきます…。

 山田監督は、米軍のヤミ商品を叔父から入手する伸子の日常生活など、戦後の混乱を丹念に描きながら、原爆を投下された長崎の人々の暮らしを見つめます。この作品の原案は、作家の故・井上ひさしさん。広島を舞台にした戯曲「父と暮らせば」の作品がありますが、長崎を舞台にした作品を構想しながら果たせませんでした。

 山田監督は、井上さんの意思を引き継いで、戦後70年の昨年12月に、この映画を劇場公開したものです。終戦の年の1945年3月生まれの吉永さんは、広島や長崎、福島でつくられた詩を朗読していることでも知られています。

 山田監督と組んだ「母と暮らせば」は、熱演した吉永さんの代表作となるでしょう。71歳とは思えない若々しさです。戦後80年、90年、100年とDVDで上映される作品になるでしょう。

70 母と暮らせば


 先日、女優の大竹しのぶさんのエッセイ『まあいいか』を読みました。このなかの1篇に、「8月、蝉の声に想うこと」があります。井上ひさしさんが亡くなる前におっしゃった言葉を思い出す、と書いています。

 「僕は病気で死ねるから幸せなんですよ。ただ訳もわからず、戦争で亡くなってしまった人たちのことを考えたら」

 畳の上やベッドの上で、普通に病気で亡くなることができるようになった戦後71年。原爆の閃光で一瞬のうちに、訳も分からずなくなった浩二の悲しみとそれを背負った母親・伸子のことを静かに考えさせる作品でした。
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戦争と平和 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/08/14 08:47
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