◎イラク参戦は誤りだった 英国の報告書が教えるもの

 日本では参院選の終盤であり、英国ではEU離脱が国民投票で決まった直後だけに、メディアで大きな扱いにならなかった英国の報告書がありました。

 イラク戦争への英国の参戦を調査する独立調査委員会が7月6日、英国が「軍事行動は最終手段ではなかった」などという報告書をまとめ、参戦を決めた当時のブレア英首相(労働党)の判断を厳しく批判したのです。

 イラク戦争の引き金になったのが2001年9月11日の米ニューヨークでの同時多発テロ事件でした。事件の1週間前、家族でアメリカ旅行をし、テロで破壊された世界貿易センタービルの下も歩いていました。

 それだけにブッシュ政権が、テロ事件を契機にアフガニスタン戦争、イラク戦争に踏み切っていくことに大きな懸念を持っていました。イラク戦争は、フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っているというのが理由でした。

 フセイン政府を転覆した後の調査で、大量破壊兵器は見つかりませんでした。この戦争で、一般市民を含む数十万人が犠牲となり、英兵179人、米兵4500人以上が戦死しました。

 英国調査委の報告書は6000ページにおよぶ膨大なもので、国連安保理決議を得ない参戦であり、「法的根拠は十分にはほど遠い」と強く批判しています。

 調査委のチルコット委員長は、報告書の発表で、ブレア政権がイラク政府の大量破壊兵器保有という「欠陥のある情報」を持ち、「正当化できない確信」に基づき参戦を決めたと非難しました。

 また、「あらゆる(軍事)介入の全ての側面は、最大限厳しく算定し、議論し、異論を唱える必要がある」が、こうした措置も取られなかったと語りました。

外務省 イラク
(当時の新聞報道)

 英国以外でも米国、オランダ、オーストラリアなどで検証が行われていますが、日本は12年12月、わずか4ページの検証結果概要を公表しただけです。イラク戦争を当時の小泉政権が支持したことについても誤りだったと認めていません。報告書本体の公表についても、「各国との信頼関係を損なう」として拒否しています。

 アフガニスタン戦争、イラク戦争が、テロ組織ISを生み出す契機になったというのは世界の人々の共通の認識になりつつあります。テロに対して武器で報復する、ふたたびテロ…悪循環をくり返しているだけです。それだけに日本の自民党政権がイラク戦争を支持したことの検証は欠かせないはずです。
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戦争と平和 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/07/23 07:36
コメント
No title
プログ主様が提起された話題とは異なりますが、いやなニュースがあります。トヨタが、部品メーカに値下げ要請ですって。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016072390085616.html

円安のときは据え置き、円高のときは値引き要請。


日産自動車横浜工場で期間従業員として働いてます。
横浜工場のZDで働いていますが休憩をとらせないしサービス残業がある職場環境です。
10分休憩なのに5分しかありません。
5分後に生産がはじまります。

No title
2003年4月11日(金)「しんぶん赤旗」

侵略と抑圧のフセイン政権
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-04-11/06_03.html

弾圧で10万人が犠牲か

 フセイン体制のもとでは、石油輸出による資金などで貧困対策が行われましたが、他方、同大統領への個人崇拝が強制され、張り巡らされた軍事・秘密警察組織を通じて国民の一切の市民的な自由が奪われました。

 同政権は、親族やフセインの出身地方の取り巻き幹部で固める一方、共産党の非合法化はじめ、批判者や反対勢力にたいし、粛清や暗殺、弾圧を加えてきました。

 八八年には北部の少数民族クルド人に対し、イラン・イラク戦争で「イランを支持した」との理由で毒ガス化学兵器を用いて攻撃、数千人を殺害しています。湾岸戦争後の九一年三月には、フセイン体制に批判的なシーア派住民が多く住む地域などでの反政府暴動にも残忍な弾圧を加えました。暴動と報復の弾圧で十万人以上が殺害されたともいわれます。

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