◎神戸の「8時間労働発祥之地」の碑

 先日、神戸市に住む友人を久しぶりに訪ねた。神戸市内を友人と歩いた。三宮などの中心地は、1995年の阪神淡路大震災の爪痕はどこにもない。20年余の時間を感じる。

 神戸港の中心地のハーバーランドへ足を伸ばした。西南に向かって川崎重工、三菱重工、三菱電機などの工場が広がっている。「新聞が書いていたが、『8時間労働発祥之地』の碑というのを知っているかい?」と友人はいう。

 「へぇ、そんな碑がここにあるのか?」ということで、案内してくれた。鏡のようにピカピカの碑が、海岸のそばに建っていた。丸い形の1部が切れている。台座に「8時間労働発祥之地」と刻みこまれている。

 「目の前に立っているクレーンの場所が川崎重工だ」と友人。潜水艦が横付けになっていてぎょっとする。修理をするためか? 川崎重工の造船のドックがあるという。

8時間労働発祥之地
(「8時間労働発祥之地」の碑。左のクレーンのところが川崎重工業)

 スマホでグーグル検索をすると、神戸市が建てたこの碑のいわれが出てきた。

……
 労働基準法には、「労働者に、休憩時間を除き一日について8時間を超えて労働させてはならない」とあります。8時間労働制の本格的な実施を日本に最初にもたらした労働争議が、大正8年(1919年)秋に神戸の川崎造船所でおこりました。

 川崎造船所の本社工場の労働者たちは、賃上げや賞与支給などの労働条件の改善を求めた要求を会社側に出しました。しかし、これに対して当時の同社の社長松方幸次郎が、職工の中心的な要求に確定的な回答を与えなかったため、これを不満とした職工たちがサボタージュ闘争をおこないました。

 このサボタージュ(怠業)という手段は、新聞記者・村島帰之が提唱したもので、彼はこの模様を手記に残しています。争議はほぼ10日間続きましたが、松方が8時間労働制の採用と戦時の歩増分の本給繰り入れなどを提示したために解決しました。

 川崎争議は全国的に大きな反響を呼び、他の工場労働者が時間労働制を要求する動きが広がりました。
……

 初めて知った。ストライキではなかったものの、川崎の労働者はたたかったのだ。3年後には、川崎争議から100年になる。トヨタ自動車の年間総労働時間は、1900時間台で推移している。VWやBMWがあるドイツでは、1400時間を切っている。

 500時間の差は、年間60日間にもなり、トヨタの労働者は2カ月以上も長く働いている計算だ。トヨタ労組の“ゆめW”のWは、賃金と労働時間の2つの意味だ。この10年来、Wではなくなっている。

 川崎の労働者に学び、労働時間短縮のたたかいが必要ではないか、と碑を見ながら思った。
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その他 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/02/29 08:34
コメント
No title
一体何がしたいの?何で他社のことを投稿するの?ここはトヨタですよ。関係ないでしょ。
爪あとだらけやがな、震災後の街はぎこちないやろ?友達もそう言ってない?
No title
面白いサイト、見つけた。

https://www.youtube.com/watch?v=9qbAOHEWvj4

サービス残業で作った車、アメリカは、輸入禁止するのかな?

ブラック企業の取締役や監査役を、政府・自治体の審議会の委員、公安委員、教育委員から排除が必要。


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