◎普天間基地のある街で

宜野湾市役所玄関
(宜野湾市役所玄関には、オスプレイ配備反対などの看板があります)

 沖縄旅行の2回目の報告は、普天間基地のある宜野湾市役所からである。玄関ロビーには、オスプレイ配備反対の大きな横断幕があった。同市の市長は、今年2月の市長選挙で、自民・公明などが推す佐喜真淳・前県議が、わずか900票差で、革新の伊波洋一・元市長を破った。

 しかし、保守市長もオスプレイ配備反対、普天間基地の県外移設では変わらない。沖縄県民にとってこれは圧倒的な世論である。オスプレイの事故率が低いなどといったら、自民、公明支持者からも怒られるだろう。

普天間基地(宜野湾市のホームページから)
(現在の普天間基地=宜野湾市のホームページから)

普天間基地跡地利用模型
(普天間基地返還後の跡地利用計画模型)

 ロビーの中に、基地返還後の跡地利用計画の模型があった。これを見て私は、うん、うん、とうなずいた。普天間基地は481ヘクタール、市の全体の面積の約4分の1を占める広大なものだ。しかも、市の真ん中にドカンと居座っている。

 住宅や学校などは、必然的に基地のすぐそばに作らなければならなかった。私をふくめた本土の人間は、現地を見なければ沖縄県民の基地への怒りが実感できないだろう。

 基地跡地の模型は、緑がいっぱいだった。そこに住宅、学校、公園、競技場、オフィスなどが立ち並ぶ。基地がなくなったらこんなに豊かな宜野湾市ができるのだ! 素晴らしい計画だ!

 市役所3階にある基地政策部基地渉外課を訪ねる。意外な話を聞いた。今年の秋に、民主党政権の防衛大臣がオスプレイを受け入れるよう市長を訪問した。その際、市長と防衛大臣が市役所屋上から普天間基地を視察した。これがNHKテレビなどで流れた。

 私も屋上からの撮影の許可を求めたが、「テレビでの放送の件以来、見学希望者が殺到して、安全確保に責任が持てないので屋上からの見学は断っている」ということであった。しからば3階のバルコニーから撮影したが、基地の中はほとんど見えない。

 帰りに、もう一度ロビーの模型を見た。1日も早くこの模型のような素晴らしい宜野湾市になる事を願わずにはおれなかった。
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その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/31 14:17

◎沖縄・伊江島でオスプレイを目撃した

城山(イータッチュー)


 年末恒例の沖縄旅行(25~28日)へ行った。まず、オスプレイの訓練場になっている伊江島へ向かう。伊江島は、新婚旅行以来、2度目だ。沖縄本島の本部(もとぶ)町に、美ら海(ちゅらうみ)水族館がある。その近くの本部港から北西へ9km、フェリーで30分の距離である。

 伊江島は、ほぼ平らな島だ。周囲約22km。島の真ん中に城山(イータッチューといわれる)がある。標高172mの山で、頂上からは360度見渡せる。昼過ぎから登り始めた。急な階段が頂上まで続く。約15分で頂上。かなりきつかった。

 頂上から、今は使われていない伊江島空港と、その向こうに米軍補助飛行場が見える。さらに先の海沿いにあるのが米軍演習場だ。かつては島の半分が米軍の基地だった。島民らのたたかいで3分の1強になった。

40 伊江島 オスプレイ 
(飛ぶオスプレイ)

 眺めているとオスプレイが2機、飛び始めた。初めて見る。最初はヘリコプターのように上空へ舞い上がり、プロペラを上から横へ変えて飛行機のように飛び始める。遠くからも爆音が響く。「これが未亡人製造機か!」

2機 伊江島 オスプレイ 2
(飛ぶオスプレイ)

 2機1組で離陸し、海岸沿いを1周して着陸する訓練をくり返している。30分くらいの間に5回くり返していた。後で米軍演習場の近くまで行ったが、この日は、これ以上は飛ばなかった。

カンバン オスプレイ反対


 伊江島空港は、金網で囲まれて使われていない。その隣に米軍補助飛行場がある。ここは自由に入れるので、レンタカーで走ってみた。「これが米軍の飛行場なのだ!」。周辺には、島民らが1955年に作った団結道場や戦争資料館・ヌチドゥタカラの家がある。こんなのどかな島にオスプレイは似合わない。

米軍補助飛行場
(米軍補助飛行場)

 日米両政府が、米海兵隊のオスプレイを沖縄・普天間基地に強行配備して3カ月。県などの目視調査が10月から2カ月間行われた。その結果、目視した61・5%の318件が日米合意に反する飛行だった。

 日米合意は「できる限り学校や病院を含む人口密集地域上空を避ける」としているが、小中学校、児童養護施設など人口密集地域の上空での低空飛行をくりかえしている。

 米軍が計画しているオスプレイの低空飛行訓練は、本土でも行うとしている。山口県の岩国基地やキャンプ富士などを足場に、東北(2本)、北信越、近畿・四国、中国、九州、沖縄・奄美に、米軍が設定した飛行ルートを使う。

 安倍新政権は、民主党政権と同様、これを認めるだろう。沖縄の人々と本土のわれわれが連帯してオスプレイの訓練を中止させるたたかいが新年明けから始まる。

団結小屋
(団結道場)
その他 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2012/12/30 20:34

◎選挙制度の民主主義とは?

 民主主義とは、少数意見を瞳のように大事にすることだといわれています。それは、ヒトラーなどのような独裁者を許さないためです。日本の衆院選挙は、1996年にそれまでの中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わりました。

 2005年、当時の小泉首相は郵政民営化だけを争点に解散、自民党は“小泉チルドレン”といわれる候補者などで296議席を得ました。09年のいわゆる“政権選択”選挙で、民主党は“小沢チルドレン”といわれる候補者などで308議席を得ました。

 2つの選挙後、自民党、民主党は約300議席にあぐらをかきました。( )内は、内閣の存続日数です。

 第3次小泉純一郎内閣(371日)
 第1次安倍晋三内閣(366日)
 福田康夫内閣(365日)
 麻生太郎内閣(358日)
 鳩山由紀夫内閣(266日)
 菅直人内閣(452日)
 野田佳彦内閣(482日)

 サミットで、日本の首相の顔が毎年変わるといわれて久しくなりました。

 いずれも政策に行き詰まり、民意を失って1年前後の短命政権で終わりました。“失われた10年”がさらに、20年になりました。消費税、原発、TPP、普天間基地、オスプレイなどの問題で国民の願いが届かず、民意が極端にゆがめられるようになりました。

比例選挙なら


 そして今回の総選挙。自民党は294議席を得ました。それは、小選挙区制だからです。仮に480議席を比例票で配分すると国会の風景は一変します。自民党は、半分以下の133議席になります。衆院の4分の1程度の議席です。

 日本の政治を国民の声が届くものにするには、選挙制度を民意が届くものにする必要があるでしょう。
その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/29 15:37

◎原発を即時廃炉に フライデー・リポート

20121221 関電前1

 2012年、今年最後の金曜日行動が12月21日、名古屋市東区の関西電力東海支社前で行われた。

 総選挙で、自公が政権に復帰することになり、安倍晋三自民党総裁はこの日、これまでの原発政策を「もう一度見直していきたい」とのべた。原発の再稼働、新設を容認する発言だ。

 青森県の東通原発の断層について、原子力規制委員会は、「活断層ではないという主張は到底受け入れられない」と強くのべているにもかかわらず。

20121221 関電前2


 関電前の参加者は減っておらず、約200人が参加。「原発掃除廃炉」などの横断幕を掲げ、意気盛んだった。この寒い中、子ども2人を連れた母親がいた。すごい! 午後8時まで、いつものようににぎやかだった。金曜日行動を粘り強く続け、原発ゼロの社会をつくろうと声をあげた。

20121221 関電前3


 実行委員会から、12月28日と1月4日の金曜日は実行委員会としては休むものの、自主的な行動は行ってくださいとの報告があった。

 東京の首相官邸前行動にも8000人が参加。日本共産党の志位和夫委員長が駆けつけ、「たたかいはこれから。みなさんと頑張り抜く」とのべた。新しい2013年も原発ゼロの日まで頑張るぞ!

20121221 関電前4


              ◇

 管理人の都合で、12月28日分までの記事8本を一挙にアップしました。

原発ゼロへ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/12/22 11:02

◎豊田市を「富士山型」から「連峰型」へ

自動車の街
(自動車の街、豊田市。写真は、トヨタ本社、テクニカルセンター)

 トヨタ自動車の企業城下町、豊田市の法人市民税は、リーマン・ショック後の09年度、トヨタの赤字のために前年の91・2%も減収になりました。岡崎市の51・1%の減収、豊橋市の42・7%の減収に比べ、突出しています。

 豊田市は、トヨタだけに法人市民税を特化するような「富士山型」ではなく、さまざまな産業、企業に依存する「連峰型」にするべきではないか――日本共産党の大村よしのり市議は、12月17日の市議会で、市に対し、「産業政策と雇用対策の転換を」を求めました。

大村よしのり市議


 製造品出荷額(2010年の工業統計調査)に占める「輸送機械」の割合は、豊田市91・4%、岡崎市58・9%、豊橋市32・5%で、豊田市は、群を抜いています。

 大村議員は、産業構造の転換の1つとして、再生可能エネルギー関連の産業育成を提起しました。大村議員は今年6月の市議会で、その利用・活用を提起しており、市当局も「再生可能エネルギーに関する総合的な指針を策定」すると答弁していました。

 答弁では、豊田市の昨年の電力需要量は41億kwhで、再生可能エネルギーによる発電量は8億6000万kwhで、21%を占めていること。また、導入可能量は16億kwhとのべました。

 大村市議は、今後の拡大目標、目標達成による経済波及効果と雇用創出効果を、産業連関表をもとに算出するよう求めました。

 市当局は答弁で、現在の21%を2030年までには30%に引き上げること、経済波及効果は年間平均で126億円、雇用創出効果は777人になるとのべました。

 質問を傍聴したトヨタ労働者のOBは、次のように語っています。
 「トヨタの景気、不景気に市民生活がふりまわされるのは困ったものだ、という思いが多くの市民のなかにはあります。豊田市の面積の半分以上は山間部です」

 「矢作川とその支流の水系には26カ所の水力発電所があり、うち18カ所が豊田市内にあります。昨年秋に、山間部を回ってきましたが、地元の人々は山林が手入れされず、荒れていくことを憂いていました。豊富な山林と水でバイオマスや水力発電など自然を生かしたエネルギー産業などを起こせば、過疎対策になるし、原発をゼロにした後のエネルギー源にもなります」

 「なによりも小規模の施設をたくさんつくることにより、雇用が生まれます。ドイツでは、再生可能エネルギーによる発電は、原発の13倍の雇用を生みだしたといいます。中小企業が参入しやすいという利点もあります」

 「自動車産業とともに、これら眠っている資源を活性化させれば、現在よりも安定した市民生活ができるのも夢ではないと思いました。未来に希望の持てる大村質問でした」

阿摺発電所
(豊田市月原町の中部電力阿摺発電所=豊田市の市政番組「とよたNOW」から)
日本共産党市議団 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 10:50

◎研究開発投資 トヨタ2年ぶりに首位

 トヨタ自動車の2011年の研究開発投資が、2年ぶりに世界1になったことがEU(欧州連合)の調査で明らかになりました。日経新聞が12月7日付夕刊で報道しています。

 それによると、トヨタは約77億5400万ユーロ(約8300億円)。2位はマイクロソフトの7582ユーロ、3位はVWの7203ユーロ。日本からは、13位のパナソニックが5173ユーロ、14位のホンダが5169ユールなどとなっています。

 上位には、自動車やIT、製薬の産業が目立っています。自動車は、トヨタやGM、VWなどが激しい販売競争をくり広げています。とりわけ、エコカーのハイブリッド車や電気自動車(EV)、燃料電池車の開発、燃費効率をあげるディーゼルエンジンなどの開発などにしのぎを削っています。

 リーフなどEVの販売で先行していた日産自動車が2016年度までに15モデルのハイブリッド車を新たに投入することを明らかにしました(12月12日)。EVからハイブリッドへハンドルと切ったといわれています。

 トヨタは、豊富な資金力をバックに、ハイブリッド車を核に、電気自動車や燃料電池車など全方位で開発をすすめています。開発拠点のテクニカルセンターに隣接した本社工場の敷地内には、開発棟とみられる建屋が相次いで建設されています。

トヨタ 本社工場建屋
(本社工場の新しい建屋)
決算・経営計画 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 10:36

◎豊田のイルミネーション・ツアー

豊田市駅 イルミネーション


 寒い夜は、暖かい灯りが欲しい。ホッとする。豊田市駅前のロータリー。毎年、クリスマスが近づくとイルミネーションが飾られる。2012年は、大きな帆船とイルカだ。自動車の街に帆船? 例年より地味な気がする。

 世界が長い間の行き詰まりの荒海を乗り越え、新たな大海原へと乗り出そうという願いが込められているように思える。

 街を車で走っていると、御幸町の朝日ケ丘交流館の庭のイルミネーションが目をひいた。車を思わず止めた。

朝日ケ岡交流館のイルミネーション


 豊田にはパチンコ店が多い。クリスマスモードの店があった。入りたくなる。

パチンコ店のイルミネーション


 プリウスを生産しているトヨタ堤工場やカローラを生産している高岡工場は、豊田市の南部にある。周辺は高岡寮など独身寮や社宅が多い。すぐ近くには、両側6車線の伊勢湾岸自動車道路が走り、ハイウエイオアシスがある。パークエリアの外からも車は出入りできる。

 ここの観覧車のイルミネーションは大きい。その下の池や公園全体がイルミネーションで飾られるのは壮観だ。ハイウエイオアシスには、フードコートや天燃温泉がある。何度も行ったことがあるが、サウナがいい。気持ちがいい。

 トヨタ高岡寮の寮生も、今年の冬は温泉に入って身も心もあたたまってみては。

ハイウエイオアシスのイルミネーション
トヨタの街から | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 10:29

◎無くなったびっくりランチ

びっくりランチ


東名高速道路、豊田インターチェンジ。その近くが豊田市田中町です。トヨタ自動車の独身寮が立ち並んでいます。久しぶりに、その一角にあった喫茶店のビックリランチを食いたくなって行ったら! なんと閉店!

 東京の友人が驚いた店です。ロース肉、ブリ、卵焼き、マグロ、カボチャ、茶碗蒸し、味噌汁…お膳からあふれていました。ご飯の量は特盛りです。これで850円でした。

 この近くのトヨタの若者をねらったのでしょう。確かに、昼時になると若者が来ていました。なぜ、閉店? 周辺を歩いてみました。カレーの全国チェーン店がありました。パチンコ店、ゲーム店も寂しくなっていました。昼間、歩いている若者がぐっと減っている感じです。

 11階建の独身寮。がらんとしています。採用された期間従業員が、最初に入寮する寮だといわれてきました。何と、かなり前からだれも入っていないというのです。

 トヨタは1970年代、1年間に3000人前後の労働者を採用していたといいます。最近は、団塊の世代の大量退職にもかかわらず、2013年春の採用計画は1300人という。

 高岡工場の近くにあったセルフサービスのうどん店。この店も今年、閉店になりました。うどん、そば、きしめんが食べられました。自分でゆがき、トッピングを付けるのです。味噌おでんもありました。

 豊田市らしい店が消え、チェーン店が増えていく…寂しい限りです。びっくりランチ、もう一度食いたい!

閉店の喫茶店
トヨタの街から | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 10:13

◎刈谷市のイルミネーション

 愛知県刈谷市のJR刈谷駅、北口駅前広場。11月24日から幻想的なイルミネーションが灯っています。商店街振興組合が愛知教育大学の協力で、6年前から行っているといいます。

 今年は「サーカス」をテーマに、空中ブランコをする猫など20体が飾られています。寒さにふるえるなかで、思わず声をあげたくなるようなイメージ、夢がいっぱいです。

 すぐそばには、デンソーの本社や工場、トヨタ車体の工場などが並びます。南口の西には、豊田自動織機やトヨタ紡織、愛知製鋼などの工場が。そう、ここはトヨタ自動車の発祥の地です。

 豊田自動織機の中に1933年、自動車部が発足。これが大きくなって、トヨタ自動車になりました。工場建設地を求めて、現在の豊田市へ移っていったのです。『トヨタ自動車 75年史』は、次のように書いています。

 「この自動車組立工場は、豊田自動織機製作所から北東に1kmほど離れた場所(刈谷町大字刈谷字大池1)に建設された。用地は中央紡織の所有地で、1万4654坪(約4万8400平方m)を借用し、1936年5月に完成した。同工場は、ボデー組立工場、ボデー塗装工場、フレーム組立工場、シャシー・ボデー組立工場、メッキ工場、組付部品置場、サービス用部品倉庫などから構成された。1938年に挙母工場*が完成すると、この自動車組立工場は刈谷工場と名称を変更した」
 *現在のトヨタ本社工場(豊田市)

 戦前の話です。そのトヨタ自動車は、今年で創業75周年を迎えました。

 イルミネーションには、そうしたトヨタ関連の労働者が、1日の仕事を終えて心をいやすところです。疲れた体と頭のなかでどんな夢を描きましたか?

刈谷のイルミネーション

デンソー
トヨタの街から | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 09:55

◎豊田銘菓「くるま一番」を知っていますか?

くるま一番


 日本共産党トヨタ自動車委員会の事務所は、プリウスを生産している堤工場の近く、堤町平松にあります。その事務所の目の前に、御菓子処「豊田 両口屋」があります。

 「両口屋 是清」とは別の御菓子処のようです。住宅街と田畑が入りまじるこんな所に? 気になって入ってみました。

 たくさんの種類の菓子が並んでいます。そのなかにあったのが、「くるま一番」という豊田銘菓(もなか)。外見は自動車、それも「AB型フェートンほろ型自動車」という説明が付いています。

 トヨタ自動車は戦前、刈谷市の工場で生産を始めますが、現在の豊田市に広大な土地を手に入れ移転します。「トヨタ自動車75年史」は、次のように書いています。

 「刈谷の自動車組立工場の生産が軌道に乗り、月産100台を超えた1936年9月、14~16日の3日間にわたり東京丸の内の東京府商工奨励館で『国産トヨダ大衆車完成記念展覧会』を開催した。そこでは、AA型乗用車4台、AB型フェートン2台、GA型トラック、DA型バスシャシー、消防車、軍用トラック、ウインチ付ダンプ・トラックなど合計15台が展示された」

 トヨタ初の乗用車は、AA型セダンとしてつくられましたが、AB型フェートンも350台あまりつくられたといいます。「両口屋」のもなか「くるま一番」は、これを模しているようです。一番の乗用車という意味でしょうか? フェートンとは、ほろが付いている自動車です。

 さて、味の方ですが、これがうまい。賞味した知人も、「しつこい甘さじゃなくて、あっさりしている。おいしい」とべたほめでした。このブログの読者も、近くにこられたなら、是非とも賞味してください。

両口屋

トヨタの街から | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/12/22 09:44
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