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◎続・“オレが憲法だ、法律だ”

 臨時国会で始まった衆院予算委員会の論戦。安倍政権が沖縄県の辺野古の米軍新基地建設工事を強行再開(11月1日)した大問題。安倍首相は、法律をねじ曲げても平然とした姿勢でした。

 11月2日の衆院予算委員会。沖縄選出の日本共産党・赤嶺政賢議員は、持ち時間の40数分を辺野古新基地問題1本で安倍首相らを追及しました。

 沖縄防衛局が「国民の権利利益の救済」を目的とする行政不服審査法を使い、県の埋め立て承認撤回の効力停止を申し立て、同じ安倍政権の石井啓一国交相が認めた「自作自演」の大問題です。

 赤嶺議員は、「安倍政権は『県民の気持ちに寄り添う』といいながら民意を無視し、法解釈をねじ曲げ、基地建設を強行した。玉城知事との話し合いに応じるべきだ」と追及しました。

 その上で、行政法研究者110人が政府の対応について「行政不服審査制度を濫用するもので、法治国家に悖(もと)るものと言わざるを得ない」と却下を求めた声明を紹介し、首相に認識を問いました。

 安倍首相は「意見は学術界での議論でありコメントはしない」と平然と答えました。行政法研究者の意見に耳を一切貸さない態度。“オレが法律だ”と言わんばかりです。

 2015年の安保法制(戦争法)でも、集団的自衛権の行使は憲法違反というのが圧倒的な憲法学者の声でした。それを無視して安保法制を強行しました。まったく同じ姿勢です。

 赤嶺議員は、「極めて不誠実な姿勢だ。国民の権利を守る制度を国家権力が国民の権利を押しつぶすために使うのは絶対に許されない」と厳しく批判しました。

12 赤嶺議員
(安倍首相=右端=を追及する日本共産党の赤嶺政賢衆院議員=11月2日、NHKテレビから)

 さらに赤嶺議員は、国交相が効力停止を決めた背景に「普天間飛行場(基地)のキャンプ・シュワブへの移設」を明記した2006年の閣議決定があると指摘した上で追及しました。

 赤嶺議員が閣議決定について、「内閣には対外的な一体性・統一性が求められ同決定に拘束される立場にある」と指摘したのに対し、石井国交相は「内閣の方針には従うが、双方(県と沖縄防衛局)の意見を聞いて判断した」と強弁しました。

 赤嶺議員は、「辺野古の基地建設を進める閣議決定に拘束される国交相が、沖縄防衛局の申し立てを認めるのは最初から分かりきったことだ」と厳しく問いただしました。

 安倍首相は、「国交相は関係法令にのっとって判断した」と同じ答弁をくり返すばかりです。行政不服審査法を乱用しながら、「関係法令にのっとって」とあたかも法律を守っているかのような答弁。これが一国の首相かと思うと恐ろしくなりました。

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沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/11/03 18:18

◎オレが憲法だ、法律だ

 「沖縄のみなさまの心に寄り添う」――安倍首相の白々しい言葉。憲法違反の集団的自衛権を盛り込んだ安保法制(戦争法)を強行した安倍首相は、“オレが憲法だ、法律だ”といわんばかりに沖縄県民の心を踏みにじっています。

 10月30日の衆院代表質問で、日本共産党の志位和夫委員長は、安倍首相に「無法な決定に満身の怒りを込めて抗議する」とのべました。

……
 総理は、所信表明で、「沖縄の皆さんの心に寄り添う」とのべました。しかし実際にやっていることは何か。玉城デニー知事が総理に会い、「話し合いの場を設けてほしい」と要望してからわずか5日後、沖縄防衛局は、県が辺野古の埋め立て承認を撤回したことへの対抗措置として、国土交通大臣に対して、行政不服審査法に基づく効力停止の申し立てを行い、本日、国土交通大臣は不当にも、埋め立て承認撤回の執行停止を決定しました。

 私は、この無法な決定に満身の怒りを込めて抗議するものです。

 総理、こんな形で、県知事選挙で示された民意を乱暴に踏みにじっておきながら、何が「沖縄の皆さんの心に寄り添う」ですか。対話による解決すら拒否するというのは、民主主義の国では許されない態度だと考えませんか。

60 志位代表質問 20181030
(衆院代表質問で安倍首相を追及する日本共産党の志位和夫委員長=10月30日)

 だいたい行政不服審査法は、行政機関によって国民の権利が侵害された時に、その救済を図ることを目的としています。国がこの制度を用いることは、制度の乱用であることは明らかではありませんか。

 しかも、防衛省の申し立てを国交大臣が審査するというのは、「自作自演」であり、とうてい「公正な手続き」といえないことも明瞭ではありませんか。総理、あなたは沖縄には法治主義を適用しないとでもいうつもりですか。お答えいただきたい。
……

 これに対する安倍首相の答弁(要旨)は、木で鼻をくくったようなものでした。

……
 沖縄防衛局が行政不服審査法に基づき国土交通相に審査請求、執行停止を求めたのは、法治国家として必要な法的措置だ。民主主義の国で許されない、制度の乱用、公正な手続きとは言えない、沖縄には法治主義を適用しないのかとの指摘はいずれも当たらない。

 今後も抑止力を維持しながら、沖縄のみなさまの心に寄り添い、基地負担軽減に結果を出していく。
……

 これのどこが沖縄県民の心に寄り添っているのか―。「満身の怒りを込めて抗議する!」

★「朝日新聞」(10月31日付社説 「辺野古移設 工事再開を強行するな」)

……
 行政不服審査法にもとづいて防衛省が申し立てていたが、国民の権利を守るためにある法律の趣旨を逸脱していることは明らかだ。政府と県の対立を、同じ政府内の国交相が審査するのは、公平性・中立性を欠き、身内同士のなれ合いと言われても仕方あるまい。
……

★「東京新聞」(10月31日付社説 「辺野古基地問題 法治国の否定に等しい」)

……
 法治国の否定に等しい政府内の自作自演に失望する。沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設を巡り、国土交通相は県の承認撤回の効力を停止。工事再開を認めた。民意尊重の誠意こそ必要なのに。

 (略)

 法治主義を軽んじてまで基地建設に突き進み、何が得られるのか。日米同盟のために沖縄の民意を踏みにじっていいはずがない。
……
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/10/31 20:38

◎「自作自演」で辺野古の工事再開強行へ

 公明党の石井啓一国土交通相の結論は、「自作自演」で見え透いていました。安倍政権が強行している沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設。沖縄県が埋め立て承認を撤回していた問題で10月30日、石井国交相はその効力を停止すると発表しました。

 その理由として、「日米間の信頼関係や同盟関係に悪影響を及ぼしかねない」などとのべました。新たな米軍基地を造ることには、沖縄県民の民意は関係ないという姿勢です。

 岩屋毅防衛相が行政不服審査請求に基づいて、石井国交相に申し立てていたもので、同じ安倍政権内での結論は見え見え。行政不服審査請求は、国民が行政に対する不服を申し立てる制度で、政府が使うことはありえないことです。

辺野古の海の埋め立て
(沖縄防衛局がすすめている辺野古の海の埋め立て=2017年12月)

 埋め立てを強行するためには、どんな手法でも使う安倍政権の強権姿勢を示すものです。沖縄県の玉城デニー知事は同日、東京都内で「強い憤りを禁じ得ない」と語りました。

 その上で、執行停止を取り消すために、総務省の第三者機関の「国地方係争処理委員会への審査申し出を軸に速やかに対応していく」と語りました。

 沖縄知事選で、玉城知事が8万票の大差で、安倍政権が全面的に推した候補に圧勝(9月30日)。故・翁長雄志前知事に続く県民の民意は、辺野古に新基地を造らないです。

 わずか1か月前に明確に示した沖縄県民の強い民意もなんのその、県が8月に埋め立て承認を撤回して以来、止まっていた工事の再開に安倍政権は踏み切ろうとしています。

 これが民主主義国家であるはずの日本の政府なのでしょうか? 否!
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/10/30 16:32

◎安倍政権に3連勝 那覇市長選挙で「オール沖縄」勝利

 どこまで沖縄を踏みつけるのか! 那覇市民に安倍政権への強い反発、怒りが渦巻いていた――。沖縄県の県都・那覇市長選挙が10月21日、投開票され、玉城デニー知事ら「オール沖縄」が推す城間幹子氏(67)=無所属現職=が、安倍政権の支援を受けた前県議の翁長政俊氏(69)を破り、再選されました。

 城間氏の得票は7万9677票で、翁長氏に3万7000票余りの大差を付けました。これで「オール沖縄」は、1カ月足らずで知事選、初当選の豊見城市長選に続いて3連勝しました。

那覇市長に城間氏
(前列中央が那覇市長に再選された城間幹子氏。右隣が玉城デニー知事=10月21日、「しんぶん赤旗」から)

 城間氏は事務所で、玉城知事や支持者たちと「カチャーシー」を踊りました。ネットで流れる動画を見て、喜びがあふれました。城間氏も、知事選と同様に安倍政権が強行する名護市辺野古への新基地建設の反対を訴えてきました。

 市長選挙のさなかの17日、防衛省は沖縄県民を逆なでする暴挙に打って出ました。沖縄県の辺野古の海の埋め立て承認撤回に対し、行政不服審査法に基づいて、埋め立ての法律を所管する石井啓一国土交通相に撤回の効力を一時的に停止する執行停止の申し立てを行うとともに、撤回の取り消しを求める審査請求を行ったのです。

 行政不服審査法は、民間の紛争を想定したものです。同じ安倍政権の中でこれを使うのは、「自作自演」であり、法治国家では到底許されるものではありません。どんな手法でも使って強行する安倍政権に那覇市民が怒りを示した市長選挙になりました。

那覇2 20151225 (2)
(那覇市での昼休みデモ=2015年12月25日)

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(那覇市での昼休みデモ=2015年12月25日)

 3年前の2015年年末の沖縄旅行を思い出します。12月25日(金)のクリスマス。午後零時。沖縄県庁と那覇市役所の間の通りで待っていると、宣伝カーが来ました。「昼休みデモ 1660回」。窓に貼り付けてありました。

 核兵器廃絶! 辺野古への新基地建設反対! ヘリパッド建設許すな! 普天間基地は無条件撤去せよ! オスプレイ配備反対!

 デモは、1984年2月17日に、トマホーク配備反対をかかげて始まりました。毎週金曜日の昼休みデモは、雨が降っても台風が吹き荒れても、欠かさず続けてきたといいます。この日で何と1660回目。次回の1月1日は元旦ですが、この日も行うといいます。

 県庁、那覇市役所を見ながらいっしょにデモ行進しました。沖縄県民の不屈の闘いを共有したデモでした。県民の思いと愛知県、豊田市でも連帯し、共有しようとしてきたこの3年間です。

 沖縄県庁、那覇市役所の2カ所とも2回連続で、首長は「オール沖縄」になりました。安倍首相は、知事選、豊見城市長選、那覇市長選の3つの選挙で示された沖縄の「民意」に基づいて、新基地建設をただちに中止すべきです。

 それでも強行するなら、今度は愛知県、豊田市をはじめ全国津々浦々で安倍政権に「民意」を示そうではありませんか。

沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/10/22 16:54

◎民意をかなぐり捨てる安倍政権 辺野古新基地建設で不服審査請求

 沖縄知事選(9月30日投開票)で、名護市辺野古への新基地建設反対を訴え、知事選史上最高の39万票の得票を獲得し、安倍政権丸抱え候補に8万票の大差を付けて勝利した玉城デニー知事。民意は、翁長雄志・前知事に続いて「辺野古新基地ノー」でした。

 NHKは10月17日の夕方、次のニュースを流しました。

……
 沖縄のアメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設をめぐり、沖縄県が埋め立ての承認を撤回したことを受けて、防衛省は工事の再開を目指し、行政不服審査法に基づいて、埋め立ての法律を所管する国土交通大臣に撤回の効力を一時的に停止する執行停止の申し立てを行うとともに、撤回の取り消しを求める審査請求を行いました。

 アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設をめぐり、沖縄県はことし8月、死去した翁長前知事の遺志を受け継ぎ、国が講じた環境保全対策に問題があるなどとして埋め立ての承認を撤回したことから、現場の埋め立て工事は中断しています。
……

辺野古 NHKニュースから
(辺野古の海は新基地建設で埋め立てられようとしています=NHKニュースから)

 玉城首相は12日に、安倍首相と面会し、新基地の建設をしないよう求めていましたが、わずか5日後に沖縄県民の民意を平然と踏みにじったのです。

 防衛相が同じ政権内の国土交通相に、沖縄県の撤回の効力の執行停止を求めるのは「自作自演」で、結果は目に見えています。選挙で示された民意を土足で平然と踏みにじる、民主主義のかけらもない強権的姿勢です。

 玉城知事は、前日の16日に開会した沖縄県議会定例会で、就任あいさつを行い、所信と基本的方針を県議にのべました。このなかで、翁長・前県知事の遺志を継ぎ、辺野古新基地建設の阻止、「誇りある豊かな沖縄」の実現に向けた決意を表明しました。

 また、翁長・前県知事は県民が心を一つにすることを深く望み、県民の「力」をだれよりも信じ、前知事自らの決意がいつも県民とともにあることを、命をかけて伝えたと強調。「この思いを受け継ぎ、全身全霊をもって県政運営に取り組む」と語りました。

 玉城知事は、県民の総意をもとに辺野古の新基地阻止を訴えているのです。それなのに、一顧だにしない安倍政権は、退陣に追い込む以外にありません。
沖縄 | コメント(7) | トラックバック(0) | 2018/10/18 08:57

◎故・翁長雄志前沖縄県知事の県民葬

 NHKは10月10日、世論調査で、安倍政権が沖縄県の米軍・普天間基地を名護市辺野古へ移設しようとしていることについて、「賛成」23%、「反対」32%、「どちらともいえない」36%だったと伝えました。

 全国調査とはいえ、沖縄県での米軍の新基地建設に「反対」が「賛成」を上回っています。安倍政権の強権的な手法に反発し、沖縄の過重負担に国民が心を寄せていることを示すものです。

 日経新聞(10月5日夕刊)は、翁長前知事の追悼記事で、「(翁長氏は)暮らしをよくしようと自民党に入ったが、『ヤマトの保守とは違うんです』と繰り返し強調していた」と書いています。

 「本土」ではなく、「ヤマト」という言葉遣いのなかに、琉球王朝時代から薩摩藩に従属させられ、戦前は地上戦を強いられ、戦後は米軍基地を集中させられる……常に「ヤマト」に犠牲にされてきたという沖縄県民の無念の思いが込められている気がしてなりません。

 その沖縄県民は、翁長氏の死去に伴う9月30日投票の知事選で、「辺野古に新基地を造らせない」という翁長前知事の遺志を引き継いだ玉城デニー候補に、歴代の県知事選で最高の39万票を与え、安倍政権丸抱え候補に8万票の大差を付けて勝利させました。

 10月9日に開かれた翁長前知事の県民葬。参加した日本共産党の小池晃書記局長はツイッターでつぶやきました。

……
 故翁長雄志元沖縄県知事の県民葬に参列しました。玉城デニー新知事の挨拶に「本当に勝ってよかった」と涙。城間幹子那覇市長月那覇高校同級生として「翁長くん、ありがとう」にもまた涙。官房長官が退出したあと流された生前の映像「ウチナーグスーヨー、マキティナイビランドー」(沖縄県民のみなさん、負けてはならないぞ!の意味)に満場から拍手。
……

県民葬での玉城知事のあいさつ
(県民葬での玉城知事のあいさつ=毎日新聞から)

 玉城新知事の「沖縄県民が頑張っている姿を見守っていてください」というあいさつは、県民、国民の心を揺さぶるものでした。その全文を紹介します(毎日新聞から)。

……
 本日、菅義偉内閣官房長官をはじめ、ご来賓の方々のご臨席を賜り、ご遺族並びに県民多数のご列席を得て、ここに故翁長雄志元沖縄県知事の県民葬を執り行うに当たり、145万県民に代わり謹んで哀悼の意を表します。

 生ある者は必ず滅するとは申しましても、この度の突然の訃報に、私たち県民一同、いまだに信じられない気持ちであります。

 まだ67歳とお若く、県知事として更なるご活躍が期待されていた翁長雄志さんを、今ここに御霊(みたま)としてお迎えしなければならなくなったことは、誠に残念でなりません。

 『芯や天冠(てぃんか)みてぃ、枝(いだ)や國廣(くにふぃる)ぎ、根(ふぃじ)や地(じ)の底(すく)に、果てぃん無(ねぇ)らむ』
 「幹は天にも達し、枝は国中に広がり、根は地の底に果てしなく張り巡らされている」

 生前、翁長雄志さんは、毎朝、知事公舎にあるガジュマルの木の前で、根元に置かれた陶板に刻まれたこの琉歌を口ずさみながら、深呼吸することを日課とされていました。

 「この琉歌の木のように、誇りある豊かな沖縄にしたい。そして、自分自身も、この木のような存在でありたい」。そう、胸に刻みながら、県庁に向かわれていました。

 翁長雄志さん。あなたは本当に、この木のように大きな、大きな存在でした。

 翁長雄志さんは、終戦から5年後の昭和25年に、旧真和志村、現在の那覇市大道でお生まれになりました。元真和志村長の翁長助静(じょせい)氏を父に持ち、兄の助裕(すけひろ)氏も県議会議員を務めるなど、政治家一家に育ったこともあって、幼い頃から政治家になることを志し、那覇市議会議員に初当選した昭和60年から、本格的に政治の道を歩み始めました。

 那覇市議会議員、県議会議員を歴任された後、那覇市長として14年間、市民との対話を重視し、人と人とが支え合う「協働のまちづくり」にご尽力なされました。

平和の礎
(地上戦などで犠牲になった人々の名前をを刻んだ「平和の礎」 =糸満市)

 また、市長在任中、沖縄の歴史認識にかかわる教科書検定問題など、沖縄が断じて容認できないことについては、県民の心を一つにして国に訴えるため、多くの県民が参加した県民大会の先頭に立たれました。

 私も国会議員として参加したオスプレイの配備撤回を求める東京要請行動においては、沖縄県内の全ての市町村長と議会議長をはじめ、超党派の沖縄選出国会議員、県議会議員が参加しました。これらのオール沖縄の取り組みは、翁長雄志さんがいなければ、実現することはなかったでしょう。

 その後、沖縄県知事に就任してからは、「経済」「幸せ」「平和」の三つの視点から、沖縄の未来を切りひらくためのさまざまな取り組みを行いました。

 基地問題では、辺野古に新基地を造らせないことを県政運営の柱に掲げ、埋め立て承認の取り消しなど、あらゆる手法を駆使して新基地建設の阻止に取り組まれ、国と対峙(たいじ)しながらも沖縄の民意を強く訴え続け、多くの県民の共感を得ました。

 一方で、米国や国連に足を運び、沖縄に米軍基地が集中している現状を国際社会に訴えるとともに、全国知事会を通じて日米地位協定の改定を国に求めるなど、基地負担の軽減にご尽力なさいました。

 また、沖縄振興基本方針にもあるように、沖縄はアジア・太平洋地域への玄関口として大きな潜在力を秘めており、沖縄の持つ潜在力を存分に引き出すことが、日本再生の原動力となることから、「沖縄県アジア経済戦略構想推進計画」を策定し、アジアのダイナミズムを取り込むことで、入域観光客数の大幅な増加や、完全失業率及び有効求人倍率の改善など、経済面でも多くの成果を挙げました。

 さらに、「沖縄子どもの未来県民会議」を設立するなど、貧困の連鎖を断ち切るのは大人の責任であるとして、子どもの貧困問題の解消に心血を注がれました。

辺野古の青い海
(辺野古の青い海)

 翁長雄志さんは、沖縄県民が自ら持ってきたわけではない「基地」を挟んで、「経済」か「平和」かと、常に厳しい二者択一を迫られてきた沖縄の現状に終止符を打ち、県民が心を一つにしてさまざまな困難を乗り越えるため、イデオロギーよりアイデンティティーを大切にしていこうと訴え続けました。

 そして、県民一人一人が誇りある豊かさを手に入れることを真剣に考え続けていました。

 その強い思いは、私たちの胸の奥に、強く刻まれています。

 沖縄は、今まさに、東アジアの中心として世界に枝を広げ、人々を魅了してやまない伝統文化と多様な個性が輝く場所として根を張ろうとしており、翁長雄志さんの目指した大きな木になるため、一歩一歩着実に発展を続けています。

 我々沖縄県民は、翁長雄志さんの遺志を引き継いで、ウヤファーフジ(祖先)を敬い、自然を愛し、他者の痛みに寄り添うチムグクル(真心)をもって自立と共生の沖縄を創りあげ、生まれてくる子どもたち、明日を担う若者たちに、平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう、一丸となって努力し続けることをお誓い申し上げ、式辞といたします。

 うまんちゅぬちゃーが ちばとーみしぇーるしがた みーまんとーてぃ くぃみそーり(沖縄県民が頑張っている姿を見守っていてください)

 平成30年10月9日

 県民葬実行委員会委員長
 沖縄県知事 玉城デニー
……
沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/10/10 21:02

◎U.S. Marine’s Son Wins Okinawa Election on Promise to Oppose Military Base

 米紙「ニューヨークタイムズ」が、「米海兵隊員の息子が『米軍基地反対』を掲げて沖縄知事選で勝利」との見出しで、沖縄知事選で勝利した玉城デニー氏(58)を紹介しています。

 玉城氏の父親は米海兵隊員で、母親は日本人です。その間に生まれた子どもが、「米軍基地反対」を掲げて沖縄県知事になったことから、驚きのニュースとして伝えたものです。

 記事では、玉城氏らの万歳の写真だけではなく、普天間基地に並ぶオスプレイ(「オール沖縄」の結成の原点の1つがオスプレイ配備反対でした)の写真や海兵隊の訓練の写真、玉城氏の選挙運動中の写真などを使って詳しく伝えています。

ニューヨークタイムズ
(「ニューヨークタイムズ」が伝えた玉城デニー氏=前列中央=の沖縄知事選での勝利)

 その上で、沖縄県民は長い間、米軍基地・米兵による騒音、暴力、航空機の事故を訴え、米軍基地に抗議してきたこと。沖縄県には、33のアメリカの施設があり、日本には全米軍の半分の2万5千人の兵士が駐留していること。

 普天間基地に代わる米軍基地を名護市辺野古に造ろうとしていることに玉城氏は反対していること。その玉城氏は、「小さな蟻も象の足を動かすことができることを知っておく必要がある」などと語っていることなどを紹介しています。

 10月1日にスタートしたBS-TBSの「報道1930」(19時30分から1時間半の大型ニュース番組)では、松原耕二キャスターが玉城氏に生中継でインタビューしました。

 松原キャスターは、「ニューヨークタイムズ」が玉城氏の勝利を伝えたことを紹介し、「沖縄らしい県知事が誕生した」と問いかけると、玉城氏も「(米海兵隊員の息子が沖縄県知事になるという)多様性が認められる時代のタイミングで知事になれた。多様性をアピールするスタートラインに立てた」と応じました。

 ちなみに、松原キャスターは、番組のスタートにあたって「『両論併記のワナ』にはまらないこと」を肝に銘じていると語っています。「両論併記」とは、賛成、反対の両論を並べるだけで、何が真実か、どちらが事実かを語らないことです。

 “安倍チャンネル”とも揶揄されるNHK的な報道ではなく、メディアの役割である権力チェックに力を入れるという宣言でしょう。BS放送は最近、ニュース番組を重視していますが、「報道1930」に期待が持てそうです。

沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/10/02 16:29

◎沖縄の民意とは何か? 玉城氏が勝利

 翁長雄志沖縄知事の死去に伴う沖縄県知事選が9月30日、投開票され、保守・革新の枠を超えて結集した「オール沖縄」から推された玉城デニー前衆院議員(58)が初当選しました。安倍政権が前面に出て自民党、公明党などが推した佐喜真淳・前宜野湾市長に8万票の大差を付けての勝利でした。玉城氏の得票は、翁長氏より約3万票多く、沖縄知事選では過去最多の得票になりました。

 玉城デニー 39万6632票
 佐喜真淳  31万6458票

 台風24号が沖縄から日本列島を縦断するなかで迎えた投開票日。那覇市の玉城事務所で同日夜、台風の動きを中継するNHKが「当選確実」のテロップを流すと、万歳の声が爆発。「カチャーシー」を踊る玉城氏や支持者たち。

「カチャーシー」を踊る玉城デニー氏や支持者たち
(「カチャーシー」を踊る玉城デニー氏や支持者たち)

 その様子がネットで中継されました。玉城氏は、「辺野古に新基地を造らせないとの誓いをぶれずにまっとうしたい」と語ると、事務所には大きな、力強い拍手が起きました。

 名護市辺野古に米軍の新基地を造らせない、という翁長氏の県政を継承することを最大の争点にして訴えた玉城氏の勝利。これで、2期続けて新基地反対勢力が勝利したことになります。沖縄県民の民意は「辺野古新基地ノー」がいっそう鮮明になりました。

 安倍政権は、選挙で示された民意に従って辺野古に新基地を造ることをきっぱりと断念すべきです。それこそが民主主義です。これまでと同じように強権的な手法を使うことは民主主義を否定するもので、絶対に許されないでしょう。

 翁長氏が4年前に当選した直後、菅義偉官房長官ら安倍政権は面会を求める翁長氏を拒否し続けました。一方で、新基地賛成の周辺の区長らとは首相官邸で懇談会を開き、振興費予算を付けました。

 「従う者には手厚く遇し、異を唱える者には徹底して冷たく当たる政治によって、県民の間に深い分断が生まれてしまった」(朝日新聞、10月1日社説)と指摘されるほどの強権手法でした。

 こうした手法に沖縄県民はノーを突き付けたものです。実際、朝日新聞などは30日に共同で出口調査をしましたが、「安倍内閣の基地対応」について、「評価する」29%に対し、「評価しない」はその倍の64%に及びました。

 同じ出口調査で、無党派層の7割が玉城氏に投票したことに見られるように、「オール沖縄」から推された玉城氏の訴えが、県民の心をとらえました。

 「オール沖縄」のたたかい、運動は、日本の政治の今後の方向を示すものとして教訓に満ちています。有権者の支持をもっとも正確にあらわすのが衆院、参院の比例代表選挙です。そこで自民党は、国民の3分の1程度の支持しかありません。

 それなのに安倍政権が6年近くも政権を維持できるのは、衆院での小選挙区制や参院での1人区の多さなど選挙制度のあり方に大きな要因があります。

 憲法違反の集団的自衛権を盛り込んだ戦争法(安保法制)や秘密保護法、共謀罪などを次々と強行採決し、自民党総裁選で3選された安倍首相は、9条改憲に異常な執念を燃やしています。

 安倍政権を退陣に追い込むには、「オール沖縄」のように、安倍政権に反対する野党と市民が結集して共闘することです。前回参院選では、32ある1人区のうち11選挙区で野党が勝利しました。来年夏の参院選では、本気の野党共闘で安倍政権を退陣に追い込みましょう。
沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2018/10/01 14:02

◎沖縄県民を愚弄し、民意を押しつぶす 故・翁長氏の妻の訴え

 沖縄知事選挙(9月30日投票)で、故・翁長雄志前知事の遺志を受け継ぐ「オール沖縄」の玉城デニー候補の必勝をめざして9月22日(土)、那覇市内で「うまんちゅ大集会」が開かれました。

 翁長氏の妻・樹子(みきこ)さんが約8000人の参加者に玉城氏への支持と必勝を訴えました。切々たる訴えは、参加者に強い感動を与えました。「しんぶん赤旗」が掲載した訴えを紹介します。

……
 泣かずにしゃべれる自信がありません。本当にたくさんの方に支えていただいて必死に頑張りましたが、(翁長雄志は)8月8日に急逝いたしました。ひと月半になります。正直、翁長が亡くなって、頭の中では理解しているつもりなのに、心がなかなか追いつきません。洗濯物を畳んでいるだとか、ご飯を出したときに突然、「あっそうだパパ」って顔を上げちゃうんですよね。

 そしたら遺影の翁長がいつも笑っているの。「ばかだなあ君は」って言って。翁長が恋しいです。あの笑顔がもう一度見たい。あの笑い声がもう一度聞きたい。でも、かなわない。

翁長夫人と玉城候補
(訴える故・翁長雄志前知事の妻・樹子さん。右端は玉城デニー候補)

 この選挙は正直言って翁長がいつも言っていたように、みんな同じウチナーンチュ(沖縄の人)だから、みんな一生懸命考えてみんなが出した結論はもうそういうことなんだということで、私は今回、本当は静かに皆さん県民の一人ひとりの方が出す結論を待とうと思っていました。

 ところが、日本政府の方のなさることがあまりにもひどいから、たった140万人の(日本の)1%しかない沖縄県民に、「オールジャパン」と称して、政府の権力を全て行使して、私たち沖縄県民をまるで愚弄(ぐろう)するように押しつぶそうとする。民意を押しつぶそうとする。何なんですかこれは。

 こんなふうに出てくるというのは正直、とても躊躇(ちゅうちょ)しました。でももう、何だか翁長が「もう仕方がないな、みんなで頑張らないといけないから君も一緒になって頑張っておいで」と言ってくれたような気がして、今日はこの場に立っております。

 この沖縄は翁長が心の底から愛して、140万県民を本当に命がけで守ろうとした沖縄です。(日本政府は)県民の心に1ミリも寄り添おうとしない。申し訳ないけど、私は譲りたくはありません。いまデニーさんの話を聞いて、よかった、うちの人の心をデニーさんが継いでくれるんだと思ったら涙が止まりません。

 残り1週間です。簡単には勝てない。それでも簡単には負けない。翁長がずっと言っていた、私たちウチナーンチュの心の中をすべてさらけ出してでも、マグマを噴き出させてでも、必ず勝利を勝ち取りましょう、みなさん。頑張りましょうね。ぬちかじり(命の限り)。ぬちかじりですよ。よろしくお願いします。
……
沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/09/24 08:34

◎沖縄知事選スタート 玉城候補「辺野古に新しい基地を造らせない」

 翁長雄志沖縄県知事の死去にともなう知事選が9月13日、告示(30日投票)されました。安倍政権がゴリ押している名護市辺野古に新基地をつくらせるかどうかが最大の争点です。

 翁長氏の遺志を受け継ぎ、日本共産党や社民党などの政党や沖縄の保守や財界もふくめた「オール沖縄」から立候補した玉城デニー候補(58、前自由党衆院議員)は、米軍の土地強奪に島ぐるみでたたかった沖縄本島北部の伊江島で出発式。「辺野古に新しい基地を造らせない」と力強く第一声をあげました。

玉城候補の第1声
(伊江島の出発式で、「辺野古に新しい基地を造らせない」と第一声をあげる玉城デニー候補)

 安倍政権の全面支援を受けた佐喜真淳氏(54、前宜野湾市長)は、「対立や分断からは何も生まれない」などと翁長県政を攻撃。普天間基地の返還を主張しましたが、辺野古の賛否については触れず、“辺野古隠し”の作戦です。

 この4年間、翁長氏の勝利をはじめ、衆院(4小選挙区)、参院(定数1)の国政選挙で、辺野古に新基地を造らせない「オール沖縄」の議員は6人中5人を占めています。県民の民意は明らかです。

 その民意を踏みにじって辺野古の工事を強行しているのが安倍政権です。「自らの意に沿う動きをする勢力には、経済振興の予算をしっかり手当するなどして、沖縄に深い分断を持ち込んだ政府の罪深さ」(朝日新聞、14日社説)と指摘されるほどです。

                ◇

 玉城候補は10日に、政策「誇りある豊かな沖縄。新時代沖縄」を発表しています。県民の誇りとともに歩む新時代沖縄の理念として、次のように主張しています。

 ・アジアのダイナミズムを取り入れ、市場が認める沖縄の高い発展可能性を顕在化させ、誇りある豊かさを実現する理念の下、日本経済をけん引する新たな振興計画を策定する。

 ・「沖縄21世紀ビジョン」の平和で自然豊かな美(ちゅ)ら島などの真の理念を実行する。

 ・(普天間基地の県外移設やオスプレイの配備撤回などを求めた)「建白書」で大同団結し、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念、オスプレイ配備撤回を強く求める。そして、あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない。

辺野古の青い海
(辺野古の青い海)

 その上で、次のような主要政策を掲げています。

 ・「万国津梁(しんりょう)会議」(仮称)を設置
 世界各国との経済・文化交流などを促進し、世界に開かれた国際都市として沖縄の発信力を高める。

 ・「国際災害救援センター」(仮称)を設置
 国際機関と連携する人道支援活動の拠点を整備し、水道技術や医療の提供など、国内外に貢献する沖縄をめざす。

 ・「観光・環境協力税」(仮称)を導入
 観光客の増加が見込まれる中、派生する環境問題等への対応に資する財源として活用する。

 ・「琉球歴史文化の日」を制定
 ・日米地位協定の抜本改定、主権の行使を求める
 ・「やんばるの森・いのちの水基金」(仮称)を創設

 ・中学生・高校生のバス通学無料化をすすめる
 ・公的施設への「放課後児童クラブ」設置を推進
 ・子育て世代包括支援センターを全市町村に設置

沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2018/09/14 07:43

◎“沖縄を全身の痛みに” 辺野古の埋め立て承認取り消し

 沖縄県の謝花喜一郎副知事は8月31日、安倍政権がすすめている名護市辺野古への米軍新基地建設で、仲井真弘多・元知事が辺野古の海の埋め立てを承認したことを取り消しました。

 同日、防衛省沖縄防衛局に、「公有水面埋立承認取消通知書」を手渡しました。これにより埋立工事は法的根拠を失うことになります。9月の知事選とともに沖縄でのたたかいは新たな段階を迎えました。

 「通知書」は、県のホームページに25ページ全文が掲載されています。
http://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/henoko/documents/180831torikeshitsuuchisho.pdf

このブログ「トヨタで生きる」は、沖縄の米軍基地の問題を系統的に掲載してきました。ブログの左に「カテゴリ」があり、約3000の記事を分類しています。漏れがあるかも知れませんが、「沖縄」の記事は58を数えます。

 特に、2008年に始めた年末の沖縄旅行は、昨年末で10回になりました。その旅行で沖縄の各地を回って沖縄ルポを系統的に掲載してきました。昨年の沖縄ルポでは、こう書きました。

 「正直なところ沖縄の問題は、自分の中ではまだ『小指の痛み』でしかない。『全身の痛み』と感じるまで沖縄へ通おうと思った」

オキナワ2
(地上戦で亡くなった人などの名前を刻んだ「平和の礎」。沖縄旅行から、以下同じ)

 沖縄は、先の戦争で日本で唯一の地上戦場になり、約20万人が犠牲になりました。戦後27年間、米国の統治下に置かれました。同じ日本なのに、国土のわずか0・6%の面積に70・6%の米軍基地が集中しています。沖縄に過重な負担を強いており、200年も使用可能な辺野古への新基地建設でさらに負担が増えることになります。

 沖縄の問題は、日本の全国民が向き合わなければならないはずです。沖縄の人々は、よく“ウチナンチュー”(沖縄の人)“ヤマトンチュー”(本土の人)という言葉をいいます。

 本土の人間には、心にぐさりと突き刺さる言葉です。そこには、沖縄は、またもや本土の盾にされるのではないか、という疑念があるような気がしてなりません。

 戦前から戦後、耐えに耐えてきた沖縄の人々の痛みは、自分の中では、まだ「小指の痛み」でしかなく、「全身の痛み」になっていないのではないか、沖縄旅行をしながら、そう自問自答してきました。

オキナワ1
(辺野古の青い海)

オキナワ3
(埋め立てが始まった辺野古の海)

 9月は、13日告示、30日投票で、沖縄知事選が行われます。故・翁長雄志知事の意志を受け継いで、玉城デニー氏が「オール沖縄」から立候補します。玉城氏は、埋め立て承認取り消しについて、「沖縄県の判断を強く支持します」とのべています。

 「『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません」――翁長さんの遺言ともいうべき言葉を必ず実現させたいと思います。
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/09/01 10:01

◎玉城デニー起つ 沖縄知事選

 玉城デニー衆院議員(沖縄3区選出で58歳、自由党幹事長)の沖縄知事選出馬への記者会見が那覇市で行われた8月29日。玉城氏の隣の机には、エメラルドグリーン色の帽子が置かれていました。「辺野古新基地建設断念を求める8・11県民大会」で、翁長雄志沖縄県知事がかぶる帽子でした。

 集会の直前の8月8日に亡くなった翁長さん。沖縄のラジオ局でディスクジョッキーの経験がある玉城氏は会見で、「ウチナーンチュが心を1つにしてたたかう時には、想像するよりはるかな大きな力になる」との翁長さんの言葉を引用して、知事選をたたかうとの決意を語りました。

 会見には、金秀グループの呉屋守将会長、謝花喜一郎副知事、城間みきこ那覇市長、翁長氏の次男・雄治氏や国会議員、県政与党、幅広い平和・市民団体など、文字通り「オール沖縄」の人々が並びました。

 玉城氏は、「翁長雄志知事の遺志を引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する立場だ」と力強く表明しました。亡くなる直前まで、「『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません」と語っていた翁長さんの思いを引き継ぐといいいます。

玉城氏立候補へ 赤旗


 翁長さんは、自民党の県連幹事長を務めるなど元々は保守の立場でした。「辺野古に新基地を造らせない」の1点で、保守から革新、無党派にいたる幅広い「オール沖縄」を結集させました。

 9条改憲に突っ走る安倍政権に反対する共闘のあるべき姿を先駆的につくったのです。その意思をしっかり引き継ごうという玉城氏。新知事の在任中に迎える沖縄の復帰50年をみすえ、「新しい沖縄の姿」を提起しました。

 1000万人を目の前にした観光産業をはじめ、前進する経済成長や子どもの貧困対策など翁長県政の実績に加え、子どもや女性、若者対策など「自立と共生の沖縄をめざす」とのべ、「翁長カラーにデニーカラーをプラスしながら政策を練り上げていく」と語りました。

 知事選は、9月13日告示、30日投票です。相手は、自民、公明が推薦(維新も推薦予定)している佐喜真淳氏(前・宜野湾市長)です。負けられない。頑張れ、玉城氏!
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/08/30 11:46

◎壇上のイスに置かれたエメラルドグリーン色の帽子

 壇上の一番前のイスに置かれたエメラルドグリーン色の帽子。故・翁長雄志沖縄県知事が切望していた「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8・11県民大会」に出席できず、その代わりの帽子でした。

修 翁長帽子
(壇上の一番前のイスには、故・翁長雄志沖縄県知事がかぶる予定だったエメラルドグリーン色の帽子が置かれていました)

 県民大会を、毎日新聞映像グループの生中継をスマホで見ました。7万人の参加者がいっせいに掲げた「新基地NO」「県民はあきらめない」と書いたメッセージボード。8月8日に亡くなった翁長さんも一緒だったらと誰もが思ったでしょう。

 安倍政権は、エメラルドグリーンの辺野古への土砂投入を17日にもねらっています。

 大会では、翁長氏の二男・雄治氏が父の「遺言」ともいうべき言葉を紹介しました。

 「沖縄は試練の連続だった。しかし、一度もウチナーンチュ(沖縄県民)の誇りを捨てることなくたたかってきた。ウチナーンチュが心を一つにしてたたかうときには、おまえが想像するより、はるかに大きな力になる」

 そして雄治氏は、「父に、辺野古新基地が止められたと報告できるように、頑張りましょう!」と呼びかけました。

 知事職務代理の謝花喜一郎副知事は、4日に翁長氏と面談した際、「私が『一日一日、公務をこなし、県民の負託に応えたい』と言ったのは『撤回』のことだ」と話していたと紹介しました。

 その上で、「この知事の思いを深く受け止め、私たちも辺野古に新基地を造らせないという公約の実現に向けてとりくみたい」とのべ、埋め立て承認撤回に前向きな姿勢を示しました。

沖縄 8・11集会
(大会では、参加者が手をつなぎ合いました=「しんぶん赤旗」、8月12日付から)

 大会では、次のような決議を採択しました。

……
 7月27日、翁長沖縄県知事は「埋め立て承認撤回」を表明し、8月9日に聴聞を開始した。ただちに国は埋め立て工事を中止し、新基地建設計画を断念すべきである。

 私たちは安倍政権と沖縄防衛局に対し強い怒りを持って抗議する。私たちは豊かな生物多様性を誇る辺野古・大浦湾の美ら海に新たな基地を造らせない。沖縄県民の命とくらし、沖縄の地方自治と日本の民主主義と平和を守るためこの不条理に対し全力で抗い続ける。
……
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/08/12 10:51

◎翁長沖縄県知事 逝く

 翁長雄志沖縄県知事が8月8日午後6時43分、すい臓がんのために亡くなりました。まだ67歳でした。名護市辺野古に米軍の新基地をつくらせない、と安倍首相と激しく対決した4年でした。

 沖縄県にとって厳しい結果が出た裁判でも、泰然自若とした風貌は忘れられません。元々は、自民党沖縄県連幹事長まで務めた保守の政治家でした。保守、革新の枠を越えて結成された「オール沖縄」の象徴でした。

 今年6月23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた「沖縄全戦没者追悼式」。翁長知事が「平和宣言」を読み上げました。がんで体調を壊した知事ですが、その意志の強さは、いささかも失っていませんでした。

翁長雄志沖縄県知事
(テレビ朝日系から)

……
 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。

 民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。

 「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。
……

 米軍基地問題では、みじんも揺らぐことがなかった翁長さん。ある日、翁長さんが日本の首相に就任している夢を見ました。もちろん、辺野古に新基地をつくらせなかった後のことです。

 4年前の知事選で、応援に駆け付けた俳優の故・菅原文太さんは訴えました。その後ろには、翁長さんが拍手を送っていました。

「沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。辺野古もしかり! 勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ」

 菅原さんの烈々たる訴え。それに応えて走り抜けた翁長さんの4年間も、烈々たるものでした。知事選は9月にも予定されています。「オール沖縄」の財産は、必ず引き継がれるでしょう。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/08/09 10:47

◎「勝つ方法はあきらめないこと」

 安倍政権は8月17日にも、米軍新基地建設を予定している沖縄県名護市・辺野古の海の埋め立てに向けて、土砂の投入を強行しようとしています。しかし、埋め立て計画の進行率は、当初計画のわずか4%にすぎません。

 「しんぶん赤旗」日曜版(7月29日号)が、くわしく掲載しています。それによると、前県知事の仲井真弘多氏が、新基地の埋め立てを承認したのは2013年12月27日でした。

 沖縄防衛局が県に提出した承認願書などによると埋め立ての工期は5年。防衛省の計画では、今年2月には、護岸が完成し、埋め立てもほぼ完了しているはずでした。

 ところが、沖縄県民やこれと連帯する国民の反対運動、翁長雄志沖縄県知事の埋め立て承認取り消しなどで、当初の埋め立て計画より大幅に遅れているのが実態です。

30 辺野古は進んでいない
(「しんぶん赤旗」日曜版、7月29日号から)

 計画では、22の護岸をつくることになっていますが、着工できたのは7つにすぎません。なぜか。建設予定地で“マヨネーズ並み”の超軟弱地盤が見つかっているからです。

 護岸を建設するには、地盤改良工事が必要です。それには翁長知事の承認が必要です。翁長知事は軟弱地盤が見つかったことや沖縄防衛局が環境保全対策を示すことなく工事に着工したことなどをあげ、7月27日に仲井真前知事の埋め立て承認を撤回する手続きを開始すると発表しました。

かんばん 勝つ方法
(沖縄・辺野古のテント村に掲げられたスローガン)

 辺野古の海の埋め立てに反対する県民たちの合言葉に、「勝つ方法はあきらめないこと」があります。埋め立て計画が4%しかすすんでいないのに、沖縄防衛局が8月17日にも土砂の投入をしようとしているのは、県民に“あきらめ”させようとしているのです。

 座り込みをする県民を暴力的に排除しようとする安倍政権。「勝つ方法はあきらめないこと」と粘り強く反対運動を続ける沖縄県民。翁長知事を先頭にした“オール沖縄”の人々の闘いは続きます。
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/07/29 09:52

◎翁長沖縄知事 辺野古埋め立て承認撤回へ

 「朝鮮半島の非核化と緊張緩和にむけた米朝の努力が続けられている中、20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すこともなく強引に推し進めようとする政府の姿勢は到底容認できるものではない」

 安倍政権が8月17日にも、沖縄県名護市辺野古への埋め立て土砂の投入を強行しようとしているなかで、翁長雄志沖縄県知事は7月27日、朝鮮半島の大きな変化にふれて、米軍新基地建設に関する前知事の埋め立て承認を撤回する手続きを開始すると発表しました。

 安倍政権は、4年前の知事選での翁長知事の誕生、衆参選挙での野党の勝利という圧倒的な民意をふみにじり、辺野古の護岸建設を強行。後は土砂搬入して、一気に新基地建設へ突入しようとしています。

 翁長知事は、この日の記者会見で、前知事の埋め立て承認を撤回する理由として、▽防衛省沖縄防衛局が全体の実施設計や環境保全対策を示すことなく工事に着工するといった事業者の義務違反、▽軟弱地盤や活断層の存在の指摘など承認時に明らかにされていなかった事実の判明――などをあげました。

 沖縄県は、今後、事業者である沖縄防衛局の言い分を聞く「聴聞」を実施します。一方、菅義偉官房長官は同日、「工事を進めていく考え方に何ら変わりはない」とのべました。

 安倍政権は、撤回の効力を失わせる執行停止の申し立てや、取り消しを求める訴訟を起こして対抗する方針で、しゃにむに新基地建設へ突っ張る構えを見せています。

80 赤旗 20180602
(辺野古の護岸工事を伝える「しんぶん赤旗」6月3日付)

 約1カ月前の6月23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が開かれました。膵がんで体調を壊した翁長知事が安倍首相の目の前で、「平和宣言」を読み上げました。

 「『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません」

 さらに、沖縄県浦添市立港川中学校3年生の相良倫子さんの「生きる」と題した詩の全文を朗読しました。

 「これからも、共に生きてゆこう。この青に囲まれた美しい故郷から。真の平和を発進しよう。一人一人が立ち上がって、みんなで未来を歩んでいこう」

 安倍首相は、知事や中学生の願いにいっさい耳をかたむけず、辺野古に新基地を建設しようというのか!
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/07/28 16:35

◎沖縄から中学生の「生きる」の訴え

 20数万人の命が奪われた沖縄での地上戦が終って73年目の6月23日(土)。所用で自動車を運転していましたが、NHKラジオで糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた「沖縄全戦没者追悼式」を聞いていました。

 翁長雄志沖縄県知事が「平和宣言」を読み上げました。膵がんで体調を壊した知事ですが、沖縄に新基地をつくらせないという意志の強さは、いささかも失っていない力強いものでした。

……
 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。

 民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。

 「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。
……

 「みじんも揺らぐことはありません」とのくだりには思わず胸が熱くなりました。さらに心を躍らせたのが沖縄県浦添市立港川中学校3年生の相良倫子さんの「生きる」と題した詩の全文の朗読でした。

 運転していることを思わず忘れそうになるほどひきつけられました。生命のすべてが躍動するような沖縄で、73年前にあった命が奪われる地上戦。中学生が、こんなにも戦争の愚かさを伝えることができる! なかでも、次のフレーズが強く残りました。

「壊されて、奪われた。/生きた時代が違う。ただ、それだけで。/無辜の命を。」

 「生きた時代が違う。ただ、それだけで」、命が奪われるような時代を、しっかりと受け継ぎ、絶対にくり返さぬ思いを語ったのです。後で知ったのですが、8分近い朗読をすべて暗唱していたというから、さらに驚きました。以下は相良さんの「生きる」の全文です。

……
沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 
私は今、生きている。
 
私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

沖縄 相良倫子さんの詩の朗読
(中学校3年生の相良倫子さんの詩「生きる」の朗読=NHKテレビから)
 
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
 
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。
 
私はこの瞬間を、生きている。
 
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。
 
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。
 
七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
 
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
 
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。
 
私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。
 
あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。
 
今を一緒に、生きているのだ。
 
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。
 
私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。
 
大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
 
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。
 
摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/06/24 10:06

◎安倍政権は民意を語れない 名護市長選

 全国注視の沖縄県名護市長選が2月4日投開票、同市辺野古の新基地建設反対を訴え3選をめざし「オール沖縄」が推す稲嶺進氏(72)は、1万6931票(得票率45・36%)を獲得しましたが、及びませんでした。当選は、自民、公明、維新推薦の前市議、渡具知武豊氏(56)=新=。

 選挙中は、「辺野古の『へ』の字も言わない」との戦術に終始した渡具知氏は、一夜明けた5日、「一概に賛成、反対とは言えない。複雑な民意が示された」(日経、6日付)とのべざるを得ませんでした。

 安倍政権は、新基地建設をごり押しするために、前回選挙では自主投票だった公明党を取り込むなど、政権丸抱えの選挙に徹しました。これで、「民意」が示されたなどといって新基地建設を進めることは、到底許されないことです。

 民意と言うならば、14年の名護市長選で稲嶺氏、同11月の知事選で翁長雄志氏、同12月の衆院選で4小選挙区すべてで、「オール沖縄」の候補が勝利。16年7月の参院選でも13年に続いて「オール沖縄」の候補が勝利しました。

 民意は、辺野古新基地建設ノーでした。ところが、沖縄県民の民意を踏みにじって辺野古の海を17年4月から埋め立てを始めたのは安倍政権でした。民意というのなら、埋め立ての強行は絶対できないはずであり、認められないことです。

 渡具知氏が「複雑な民意が示された」と言わざるを得なかったのは、そうした県民、市民の思いを知っているからでしょう。実際、普天間基地の辺野古への移設に、「反対」が63%で、「賛成」は20%にすぎませんでした(市長選告示後の朝日新聞世論調査)。

辺野古の青い海
(辺野古の青い海)

 この間の安倍政権の民意踏みにじりは、露骨でした。米軍再編関連の交付金について、「名護市は前市長時代の2008年度以降に計17億7千万円を受け取っていたが、移設反対の稲嶺市長が10年に就任して以降、支給されていなかった」(日経、6日付)のです。

日経 米軍再編交付金
(日経新聞、2月6日付から)

 しかも、15年以降は辺野古の3地区の自治会だけには、沖縄県や名護市の頭越しに、直接交付金を支給することまでしました。札束で、地域に原発の建設をすすめた図式とまったく同じです。

 新基地建設に反対する県民は、辺野古の海岸にテント村をつくっています。そこに掲げられたスローガンがあります。「勝つ方法はあきらめないこと」――沖縄県民は戦後73年、自民党政権や米軍の強権によって敗北もしましたが、そのつど立ち上がって勝利しました。

勝つ方法はあきらめないこと


 今回の名護市長選で残念ながら勝利できませんでしたが、新基地を建設させないために「オール沖縄」は、決して屈せず、あきらめないでしょう。なぜなら、独立国に外国の軍隊が駐留することはあり得ないことだからです。
沖縄 | コメント(11) | トラックバック(0) | 2018/02/06 15:40

◎「それで何人死んだんだ」との暴言ヤジ 松本副大臣辞任

 自民党は、沖縄の米軍基地問題に何も感じなくなっているのか――。日本共産党の志位和夫委員長が代表質問(1月25日、衆院本会議)で、沖縄県で続発する米軍機の落下物事故や不時着について安倍政権をただしたところ、自民党席から「それで何人死んだんだ」とのヤジが飛びました。

 「しんぶん赤旗」の女性記者が、すぐに松本文明内閣府副大臣(衆院東京7区)に取材したところ、「僕の発言だ」と認めました。同氏は元沖縄・北方担当副大臣でした。

 「しんぶん赤旗」は、翌26日付で、これを報道。メディアも続いて伝えました。沖縄タイムスは27日付1面で、松本氏の暴言ヤジと辞任を報道。「開いた口が塞がらない。まるで問題を起こした米軍よりも県民を責めるような口ぶりである」(社説)と批判しました。

辺野古の青い海
(安倍政権は名護市辺野古の青い海に新基地を建設しようとしています)

 志位委員長の沖縄部分の質問は次のようです。

……
沖縄の米軍基地問題について質問します。「最初に報告を受けた時はふるえて涙が出ました。娘を見て安心してまた涙が出そうになりました。ただただ子供達を守ってほしい。ただそれだけです」

 米軍ヘリからの部品落下事故が起こった宜野湾市・緑ケ丘保育園の父母会のみなさんからいただいた「嘆願書」につづられた、園児のお母さんの一人からの訴えであります。

 東村高江での米軍ヘリ炎上大破事故、宜野湾市の保育園と小学校への米軍ヘリからの部品や窓の落下事故、年明けに3件も立て続けに起こった米軍ヘリ不時着事故――沖縄での米軍機事故の続発は、異常事態というほかありません。

 許しがたいのは、事故が起こっても、米軍は何事もなかったかのようにすぐに飛行再開を強行していることです。そして、日本政府が、米軍の言い分をうのみにし、飛行再開を許しつづけてきたことです。総理、これで主権国家の政府と言えますか。

志位代表質問
(代表質問で沖縄の問題を追及する日本共産党の志位和夫委員長=1月25日)

 総理は、こうした恥ずべき米軍追従姿勢をあらため、沖縄のすべての米軍機の緊急総点検と飛行停止を米国に要求すべきです。学校、保育園、病院などの上空は「最大限、可能な限り飛行しない」などという米軍まかせの取り決めでなく、「一切飛行しない」ことを厳重に約束させるべきです。明確な答弁を求めます。

 これまで政府は、「普天間基地は市街地の真ん中にあるから危険、海辺の辺野古に移せば安全」と言って、辺野古新基地建設をごり押ししてきました。

 しかし、普天間基地所属の海兵隊の軍用機は、基地周辺だけで事故を起こしているのではありません。この1年余を見ても、名護市、久米島町、伊江村、石垣市、東村、宜野湾市、うるま市、読谷村、渡名喜村と、沖縄全土で事故を起こしているのです。

 この事実は、普天間基地を辺野古に移したところで、危険な基地が沖縄にあるかぎり、危険は変わらないことを示しているではありませんか。

 普天間基地の無条件撤去、辺野古新基地建設の中止、海兵隊の沖縄からの撤退こそ、県民の命と安全を守る唯一の解決策です。総理の見解を求めます。
……

 普天間基地に代わる辺野古に新たな新基地をつくっても、「名護市、久米島町、伊江村、石垣市、東村、宜野湾市、うるま市、読谷村、渡名喜村と、沖縄全土で事故を起こしている」状態は、何も変わらないと鋭く安倍政権を批判したのです。

 沖縄県民の怒りを代表して追及している時に、松本副大臣は「それで何人死んだんだ」との暴言ヤジを飛ばしたのです。これが副大臣か! あきれて物がいえないほどです。

辺野古 新基地
(辺野古の新基地建設工事は、これだけしか進んでいない=ネットから)

 沖縄タイムスは、25日の衆院本会議で松本氏が暴言ヤジを放った後も26日午後まで松本氏が新年会に参加するなど辞任を否定していたとしたうえで、「辞表提出前に発言を報じていたのは赤旗だった。その後、各社が報道する動きを察知した官邸が即座に動いた」と、安倍政権が名護市長選への影響を恐れて松本氏の「トカゲのしっぽ切り」に踏み切ったと報じています。

 名護市辺野古への新基地建設問題を最大の争点にした2月4日(日)投開票の名護市長選挙への影響を恐れて、安倍政権は松本氏を切ったというのが事の真相です。こんな安倍政権を退陣に追い込むためにも、名護市長選挙で稲嶺ススム市長の勝利を勝ち取ることが必要です。

沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/01/30 19:34

◎「沖縄 17」⑨ 決戦・名護市長選

 年末の沖縄旅行の最後の日は、名護市の太平洋側に北にある屋我地島の北端にある国立療養所沖縄愛楽園を訪ねた。戦前の1938年(昭和13年)に開園された。

 ハンセン病患者は、隔離、差別され、1996年に「らい予防法廃止に関する法律」が施行されるまで、どれほど苦しんだことか。以前からこの施設があることを知っていたが、沖縄戦当時の戦争遺跡があると聞いていた。

愛楽園写真
(国立療養所沖縄愛楽園)

 広い敷地の中に病院棟や生活棟が広がっていた。海岸沿いにいろいろな碑が建てられていた。そのなかに、ドイツの大学に在学中、ナチス反対運動に参加、米国に帰化したスコアブランド医師を記念したスコアブランド公園があった。

 スコアブランド医師は、沖縄戦で荒れはてた愛楽園の空の倉庫を薬品や衛生物資で満たし、焼け残った木材を使い掘っ立て小屋で暮らしていた患者たちのために、建築資材を大量に運び込んだという。その資材を使い入所者自身の手により園の復興が始まった。感動的は話である。

 名護市は、市長選挙(1月28日告示、2月4日投票)を前に緊迫していた。名護市辺野古への新基地建設に反対を続けてきた3期目をめざす稲嶺進市長(72)を支援する「オール沖縄」と自民党、公明党が推す新人の渡具知武豊氏(56)=名護市議=との一騎打ちだ。

 自民党の二階俊博幹事長と萩生田光一幹事長代行が正月早々の1月4日に名護市に入り、「選挙は最後まで頑張った者が勝つ」などとテコ入れを図るなど、稲嶺市政の打倒に執念を燃やしている。その先にあるのは、今年11月の沖縄知事選での翁長雄志沖縄県知事の転覆だ。

 萩生田氏は、安倍晋三首相と加計孝太郎加計学園理事長とビールを片手に3ショットの写真を撮ったり、官房副長官当時、「総理は『平成30年(今年)4月開学』とおしりを切っていた」などと発言していたことが明らかになるなど、加計学園問題に深く関わってきた安倍首相側近だ。

 年末の沖縄訪問では、日本共産党の統一センターを訪問した。ちょうど会議中だった。対応してくれた青年の話によると、安倍・渡具知陣営は、大臣クラスの国会議員がすでに、次々と応援に入り、業界ぐるみで締め付けを強めているという。安倍・自民党の並々ならぬ動きが感じられる。市長選に勝って、一気に辺野古での新基地建設を進めたいと必死になっているのだ。

統一
(日本共産党の統一センター)

 稲嶺市長も負けてはいない。1月6日には米軍・キャンプシュワブ前で座り込む人たちを前に、「辺野古に新基地はつくらせない。市長選、知事選まで大きなうねりをつくっていこう」と呼びかけた。

 稲嶺市長は、琉球大学を出た後、名護市役所に就職。名護市民と苦楽を共にしてきた。市長になっても、小学生の登校を見守る運動を続けている。なんとしても「オールジャパン」の力を集中して、稲嶺市長の3選を果たさなくてはと思った。少し無理をして、多くのカンパを置いてきた。

稲嶺ビラ1
(稲嶺進市長のビラ。翁長雄志沖縄県知事とともに)

稲嶺ビラ 2
(稲嶺進市長の実績ビラ)


              ◇

 この記事は、1月14日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2018/01/08 18:17

◎「沖縄 17」⑧ ヘリの窓が落ちてきた

 正月明け早々の1月6日夕方、沖縄県うるま市の伊計島の東側海岸の砂浜に米海兵隊普天間基地(同県宜野湾市)所属のUH1ヘリコプターが不時着した。乗組員は4人でけが人はいなかったという。

 伊計島では、昨17年1月20日、普天間基地所属のAH1Z攻撃ヘリが農道に不時着。同基地の所属機では、CH53E大型ヘリが昨年10月、東村高江の民間地で炎上・大破。12月には、同型機が宜野湾市の保育園や普天間第2小学校に部品を落下させるなど、事故が連続している。

普天間第2小 写真2
(普天間第2小学校)

 年末の沖縄旅行では、昨年12月13日に、米軍ヘリコプターの窓わくが落下した普天間第2小学校の現場に寄ってみた。グランドには、立入禁止の表示があり入れなかった。グランドには誰もいなかったが、窓わくが落下したところに赤いコーンが置いてあった。

 1m四方の窓わくの落下の衝撃で、小石がはね上がり、4年生の男子児童1人に当たって左腕に擦り傷を負った。アクリル製の破片が飛び散った。事故当時、10mほど離れた所で2年生と4年生の約60人が体育の授業をしていた。

 「ドーンという衝撃音と砂ぼこりが上がった」という。あと10分後だったら放課になり、子どもたちでグラウンドはあふれていただろう。児童に直撃していればどうなっていたか…。実は、普天間第2小学校には、7年前の2010年年末の沖縄旅行で訪れていた。ブログ「トヨタで生きる」に、こう書いた。

……
 少年野球のチームが試合をしていた。そこへ轟音を響かせ、輸送機が真上を飛んでいく。小学校と基地は隣接している。輸送機の轟音で隣の妻との話声が聞こえなくなる。
 小学校の教師をしている妻が、びっくりしていう。
 「これでは授業が大変よ!」
……

普天間第2小 写真1
(米軍ヘリの窓わくが落下した普天間第2小学校のグラウンド。赤いコーンが立っている場所)

 当時は、ヘリの窓わくがグラウンドに落下してくるとは想像もできなかった。普天間基地がある限り、戦闘機が墜落することもありうるのだ。赤いコーンを見つめながら、人口密集地にでんと居座る普天間基地は、無条件で閉鎖撤去する以外にない、と思った。

               ◇

 この記事は、1月13日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。

沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:48

◎「沖縄 17」⑦ 荒らされたチビチリガマ

 前回に続いて読谷村の話である。沖縄には、琉球王国時代の5つのグスクと関連遺産群(4つの遺物)が2000年に世界遺産に登録された。5つのグスク(首里城、中城城跡、座喜味城跡、勝連城跡、今帰仁城跡)のうち、座喜味城跡だけが訪れていなかった。

 読谷村の座喜味城跡に行った。1416年から22年にかけて読谷山の按司護佐丸が築城したといわれる。日本では、室町時代にあたる。この城も、戦争の深い傷跡が残っている。

グスク 写真1
(読谷村のグスク、座喜味城跡)

グスク 写真2

グスク 写真3


 戦前には、日本軍の砲台が、戦後には米軍のレーダー基地が置かれたために城壁の一部が破壊された。現在では、復元されている。曲線を多用した美しい石垣は素晴らしかった。

 これで沖縄の世界遺産の5つのグスクを全部回ったことになる。沖縄へ行けばほとんどの人が首里城を訪れるが、5つすべてを訪れるのは少ないだろう。琉球時代に心を寄せるのも沖縄旅行の楽しみだ。

 読谷村には、昨年9月に4人の少年に荒らされて、ニュースになったチビチリガマがある。地元の人に聞くと、車で5、6分ほどだというので行ってみることにした。

 チビチリガマは、道路沿いにあったが、そこだけが谷のように低くなっているので分かりにくかった。沖縄戦の集団自決で、85人が犠牲になった場所だ。今でも回収されていない遺骨があるという。

 犠牲者が使っていた入れ歯や器、瓶などが破壊され、破片が小さな骨の上に散らばるなどの破壊が行われた。16~19歳の少年4人が犯人だとわかって、あ然とした。

チビチリガマ 写真1
(読谷村のチビチリガマ)

チビチリガマ 写真2

チビチリガマ 写真3


 沖縄戦の悲惨な体験が伝わっていなかったのか…多くの県民ががく然としただろう。政治的な意図はなく、少年たちは、悪ふざけしたと語ったという。実に悲しい事件だった。

 あの不幸な事件以降、新たに飾られた千羽鶴が多数あった。沖縄戦の悲惨な戦争遺跡は、どんなことがあっても大切に残していかねばならない。チビチリガマを訪れ、考えた。

              ◇

 この記事は、1月12日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:36

◎「沖縄 17」⑥ ♪さとうきび畑

 読谷村を自動車で走っていると、「さとうきび畑」の歌碑という看板があったので寄ってみた。住宅が間近に迫るさとうきび畑の端に歌碑があった。作曲家の寺島尚彦氏が1964年に摩文仁の丘を訪れた時に、この歌を作詞・作曲したという。当時、このあたりは、一面のさとうきび畑だったようだ。

さとうきび 写真2
(「さとうきび畑」の歌碑)

 ♪ ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は

 森山良子の澄んだ歌声であまりにも有名だ。彼女の歌の代表作である。歌碑は、2012年に読谷村高志保のさとうきび畑の一角に建立された。この一帯は、1945年4月1日、米軍が沖縄本島への最初の上陸作戦を行なった地域でもある。

さとうきび 写真1


 南へ車で走ると、すぐに広大な米軍・嘉手納基地が見えてくる。ベトナム戦争、イラン戦争…米軍有事の際は、ここから戦闘機が飛び立っていく。戦後72年余りたっても、戦争の臭いが消えない地域だ。

 森山良子の澄んだ歌を爆音で消してはならない。森山良子は、2005年の第NHK紅白歌合戦で、息子の森山直太朗とともにこの曲を歌った。個人的には、フォークソングの女王といわれた森山良子と直太朗の曲が大好きで、マイカーのオーディオもハードデスクに入れている。

さとうきび 写真3
(歌碑にある「ざわわ憲章」)

 うたごえ運動では、反戦歌として歌われることが多い。この歌を口ずさむ時は、沖縄の米軍基地と重なる。いまだに、外国の基地があるというのは異常だ。日本は独立国ではないのだ。米軍基地に囲まれた沖縄を車で走ると実感する。

              ◇

 この記事は、1月11日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:24

◎「沖縄 17」⑤ 平和の礎

 今回の沖縄旅行の目的の1つは、沖縄南部の糸満市にある平和祈念公園内の「平和の礎(いしじ)」だ。ここは、今回で3回目の訪問だ。これまでは摩文仁の丘にある各県の慰霊碑や平和記念資料館を訪れることが中心で、平和の礎は遠くから全体を見渡しただけだった。

 太平洋戦争・沖縄終結50周年を記念して1995年に完成した。沖縄戦で犠牲になった世界中の人の名前が刻み込まれている。24万人余の名前が刻まれた礎の全部を見て、犠牲者の数の多さを実感しようと思った。礎の特徴は、敵味方の区別がなく、犠牲者すべての名前が刻んであることだ。

平和の礎 写真3
(平和祈念公園内の「平和の礎」)

 アメリカにイギリスをはじめ、アジアの各国におよんでいる。端から端まで歩いてみた。全部を見るのに30分ぐらいかかったと思う。愛知県出身者で犠牲になった人の名もあった。豊田市の人はいるのだろうか?

 24万余の人々には、それぞれ家族や友人がいたことだろう。それを思うとどれだけの人々が不幸になったのだろうか。あらためて戦争の愚かさを感じた。その沖縄に、辺野古に新基地や高江にヘリパッドなどのように軍事基地をつくることなどは絶対に許せないことだ。

平和の礎 写真2


 毎年、沖縄戦が終わった6月23日、歴代首相も出席して追悼と平和のへの誓いが行われる。2017年、安倍晋三首相の目の前で、自作の詩「誓い―私たちのおばあに寄せて」を朗読した沖縄県立宮古高校3年生の上原愛音(ねね)さんの呼びかけは、記憶に新しい。

 2013年には、自作の詩「へいわってすてきだね」を読んだ当時6歳の安里有生君。絵本になって出版され、今も平和教育の教材になっている。摩文仁の丘からの平和のメッセージは、沖縄戦の悲惨な戦いが若い世代へ確実に受け継がれていることを示している。

平和の礎 写真1


 合唱団で鍛えたという、すがすがしいなかにも力強い声で、原稿を見ることもなく朗読した上原さんの詩がよみがえる。

 爆音とともに/この大空が淀んだあの日。/おばあは/昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を/友と歩いた砂利道を/裸足のまま走った。/三線の音色を乗せていた島風に/鉄の臭いが混じったあの日。/おじいはその風に/仲間の叫びを聞いた。

 誓おう。/私達はこの美しい大地を/二度と切り裂きはしない。/ここに誓おう。/私は、私達は、/この国は/この世界は/きっと愛しい人を守り抜くことができる。/この地から私達は/平和の使者になることができる。

              ◇

 この記事は、1月10日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:09

◎「沖縄 17」④ ヘリパッドが強行された高江で

 米軍キャンプシュワブのゲート前から、東村高江の米軍ヘリパッド(ヘリコプターの着陸帯)へ向かった。安倍政権が強行建設した高江までは、北部の山間部を通り、車で2時間近くかかる。

ゲート前写真3
(ジュゴンの帽子をかぶって抗議する人=米軍キャンプシュワブのゲート前)

ゲート前写真1
(米軍キャンプシュワブのゲート前のテント村)

ゲート前写真4
(米軍キャンプシュワブのゲート前のテント村で座り込む人々)

 米軍は、16年12月22日、北部訓練場の約半分にあたる約4000㌶を「返還」したという。訓練場にあった7カ所のヘリパッドの替わりに、新しい4カ所のヘリパッドをつくった。ヘリパッドをリプレイスすることで機能を強化しているのだ。

 途中、オスプレイが墜落し、大破した名護市安部(あぶ)の海岸に寄ってみた。誰もいなかったが、何事もなかったかのように、美しい砂浜と海が広がっていた。

 去年の年末に、この現場に来たときは、ボランティアのダイバーらによって海中に残された残骸が回収され、すぐ側にある地区会館の広場に集められていた。今でも、海底には細かい残骸が多数あるという。子どもが入って遊ぶのは危険だと言っていた。被害は、いつまでも残るのだ。

 この後、美しい海岸線と山の中を走り高江向かった。最初に完成したN4ゲート前を通る。金網のゲートの内側に、警備員が5、6人、直立不動で立っている。その後、米軍北部訓練場正面玄関ゲート前を通り、N1ゲート前に着いた。

 テント村には、6、7人の人がいた。京都から毎年のように、高江に通っているという若い女性と一緒に話を聞いた。この日は、隣の大宜味村の「9条の会」の当番だという。N1ヘリパッドは完成しているため、特に動きはないということだった。基地の監視と訪問者への対応が当番の主な仕事らしい。

 N1ゲートの金網の前には、民間警備会社の警備員が10人くらい1列に並び、直立不動で立っていた。30分交代で立っているという。このゲートは、大阪府警から派遣された機動隊が沖縄県民に向かって“土人発言”をしたことで有名になった場所だ。

高江写真1
(高江のテントで)

高江写真3
(高江では抗議のテントや横断幕が張られている)

 大宜味村でも戦前の侵略戦争を正当化する改憲右翼団体の「日本会議」のメンバーが入ってきて、県知事戦に向けていろいろな動きをしているという。安倍政権の閣僚のほとんどは、「日本会議国会議員懇談会」に加入している。

 「日本会議」のメンバーは、病院の医師を同会議の意に沿う医師に替えるとともに、レントゲンなどの医療機器を充実させ、村民の支持を得ようと画策しているそうだ。

 名護市長選・県知事選は、国――安倍政権が相手の選挙だ。金と業界締め付けで、県民を分断しようと様々な動きをしていて、活発だ。必死になっているのがよくわかった。「オール沖縄」「オールジャパン」で、跳ね返さなければと思った。

              ◇

 この記事は、1月9日にアップする予定でしたが、都合により前日にアップしました。
沖縄 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:00

◎「沖縄 17」③ 緊迫する辺野古の海

 2017年年末の沖縄旅行で、辺野古の青い海の海岸線に立った。フロートフェンスが広範囲に広がっているのが見える。その向こう側では、たくさんのクレーンが林立し、積み上げられたコンクリートブロック。沖縄防衛局によって護岸工事が行われている。

辺野古写真3
(辺野古の青い海が破壊される)

 フロートフェンスのそばでは、工事に抗議する平和丸やカヌー隊がフロートに乗り上げんばかりにして抗議行動を続けている。浜辺からはハンドマイクで抗議の声を上げている。昨年(16年)暮れに来て以来、辺野古の海は緊迫し、大きく変化していた。

辺野古写真1
(後方は、米軍キャンプシュワブ)

辺野古写真4
(抗議する平和丸やカヌー隊)

辺野古写真2
(抗議するカヌー隊)


 辺野古漁港と反対側の大村湾側に回ってみた。ここでもフロートフェンスが広い範囲にあった。たくさんのクレーンやクレーン船、そして沖縄防衛局に雇われた地元漁船が監視船として会場に停泊していた。

 海岸線からは、なかなか埋め立ての現状がわかりにくく、もどかしい。そう思っていたら沖縄のたたかいをリポートしている写真家の森住卓さんがネットで元旦の辺野古の写真を掲載していた。

 上空から撮った写真で、米軍キャンプシュワブから、辺野古の海に突き出した護岸が写っていた。サンゴの青い海を突き破るような一直線の護岸。コンクリートブロックが4段も積み上げられ、工事用トラックが行き来できるように砂利道が出来上がっている。

 いくつもの護岸をつくり、それで辺野古の海を仕切り、今年夏にも土砂を投入して新基地を建設しようというのだ。青い、青い海を切り裂くようなグロテスクな護岸。ジュゴンが住む海の破壊を始めているのだ。怒りがふつふつと沸く。

辺野古地図 琉球新報
(埋め立ての地図。地図に「来年夏」とあるのは18年夏のこと=琉球新報から)

 安倍首相は、この写真を見て、何を語るのだろうか。それでも新基地をつくるというのか! 新基地の建設を許さない、というのは名護市長選、沖縄知事選、衆院選、参院選で「オール沖縄」が勝利しているように県民の民意だ。

 それを踏みにじり、強権的に工事を強行する安倍政権。絶対に許せない!
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 16:36

◎「沖縄 17」② 座り込み4999日

 2017年暮れの沖縄旅行では、①安倍政権によって新基地建設が強行されている名護市の辺野古テント村、②ヘリパッド建設が強行された東村高江、③戦前の沖縄戦の激戦地・糸満市の平和記念公園にある平和の礎(いしじ)に行こうと思っている。後はノープランで現地へ行ってから決めようと思った。

 12月25日(月)、辺野古へ向かった。辺野古漁港にあるテント村へ行く。この日は、2004年4月19日に座り込みが始まってから、4999日目だった。あと1日で5000日を迎える。13年余の座り込み。その粘り強さに感嘆する以外にない。

テント1
(辺野古のテント村。座り込み4999日と書いた看板がある)

テント2
(テント村の中)

 翌26日には5000日目を記念して、米軍キャンプシュワブのゲート前で集会が開かれると聞いた。後で知ったが、500人が参加し、名護市の稲嶺ススム市長が駆けつけ、こう訴えたという。

 「子や孫に恥ずかしくない行動をしようという強い信念が私たちを支えている。来年2月の名護市長選は絶対に勝たなければならない。民意を改めて日米両政府に示そう」

 名護市長選挙は、1月28日(日)告示、2月4日(日)に投票される。菅義偉官房長官は12月29日、名護市に入り、辺野古の3地区の区長と面会し、18年度予算に1億2000万円の補助金を計上したことを説明したという。

 沖縄県や名護市の頭越しに、補助金を投入するというのだ。国民の血税で新基地の建設を強行しようという安倍政権。なんという卑劣な手法だ。権力を傘に、何がなんでも新基地を建設しようとしている。

 同じ29日、日本共産党など県議会与党3会派と保守・中道の政策集団「新しい風・にぬふぁぶし」が呼びかけた「緊急全県議員集会」が、名護市内で開かれた。

 翁長雄志知事が激励し、「オール沖縄」の国会議員、県議、市町村議110人が参加。「相手は国。議員団、県民の総ぐるみの結集を図らなければ激戦は勝ち抜けない」と、全県議員が総力をあげることを確認した。


 当面の政治決戦である名護市長選に向けて、年末は激しい動きになっているのだ。それはさておきテント村では、常駐している女性が、毎年訪れ、カンパをしていく私のことをよく覚えていてくれた。「また今年も来てくれましたね。いつもご支援、ありがとうございます」と言われた。

テント5
(辺野古の海。向こうが米軍キャンプシュワブ)

 彼女に、この1年の辺野古の状況を聞いた。3カ所から護岸工事が進められているという。安倍政権は、既成事実を作り上げ、県民や国民に運動をあきらめさせようという作戦のようだ。

 工事全体から見るとまだ1%にも満たないそうだ。まだまだ、国民世論に訴えると決意を語ってくれた。私も、愛知県、豊田市から支援の声を広げます、と決意をのべた。

テント3

テント4


 海岸へ回ってみると、ここからは米軍キャンプシュワブだと仕切ったフェンスに、全国から寄せられたたくさんの横断幕やバナーがくくってあった。「ジュゴン・海ガメ・青サンゴのいる辺野古の海をこわすな」「誇りです 基地に頼らず実績つくる稲嶺名護市長」…熱い連帯の思いが込められていた。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/12/31 18:50

◎「沖縄 17」  10回目の思い ①

 年末に恒例の沖縄旅行へ行った。最初に行ったのは2008年だから、今年17年で10回目になる。毎年、新しい発見があり、ますます知りたいことが増えていく。

辺野古の海 2017
(辺野古の青い海が埋め立てられようとしています)

 このブログ「トヨタで生きる」に、毎年、沖縄リポートをアップしてきた。たとえば13年12月30日。仲井真弘多沖縄県知事(当時)が、安倍晋三首相と会談(12月25日)し、名護市・辺野古の海を埋め立てることを事実上、承認したことを書いた。

 2日後の27日、正式に承認した知事に、沖縄県民は怒りをもって県庁前で集会を開いた。その場所に私はいた。知事に対する「裏切り」と書いたプラカードや、県民の気持ちを表した「屈しない」というプラカードであふれていた。

 この後、1000人の参加者は、県庁ロビーを埋め尽くした。県民の激しい怒りを膚で知った。私はこう書いた。

県庁ロビー 131227
(仲井真弘多沖縄県知事の裏切りに、県庁ロビーを埋めた県民=2013年12月27日)

 「正直なところ沖縄の問題は、自分の中ではまだ『小指の痛み』でしかない。『全身の痛み』と感じるまで沖縄へ通おうと思った」

 翌年(14年)秋の知事選で、県民は翁長雄志沖縄県知事を誕生させるという快挙を成し遂げた。翁長氏は、自民党沖縄県連幹事長を務めた保守だった。保守から革新まで「オール沖縄」が結集した。戦後の沖縄の歴史のなかで初めてのことだった。

 14年12月の衆院選挙では、4つの小選挙区すべてで「オール沖縄」が完勝。16年の参院選挙での勝利で、知事、衆参合わせて6議席すべてが「オール沖縄」が占めるようになった。民意は明白であり、安倍政権の新基地建設にノーを突き付けた。

 しかし、安倍政権はあらゆる手段を使って辺野古の海を埋め立ている。今回の沖縄旅行で、辺野古のテント村へ行った。「座り込み 4999日」の看板を見て感動した。あと1日で5000日!

4999

あきらめない



 何と13年余も座り込んでいるのだ。「勝つ方法はあきらめないこと」の看板もあった。安倍政権が、どんな強権を使っても新基地はつくらせないという県民の思いに胸が熱くなった。正月をはさんで10回目の沖縄リポートを続けたい。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/12/30 18:27

◎またも米軍ヘリが墜落 沖縄・東村

 2年前、15年8月のこのブログ「トヨタで生きる」に沖縄米軍ルポをアップしました。1カ月後には、安倍政権が、違憲の集団的自衛権を盛り込んだ安保法制(戦争法)を強行した時でした。

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 (沖縄県)名護市からレンタカーで北上し、海岸線からひたすら山の中へと入っていく。米軍がジャングル戦を想定した訓練をしているという北部訓練場へ向かった。道なき道を行くようなところかと考えていたら、まったく違っていた。

 舗装された2車線の道路が山のなかへ分け入っていくのだ。この道路は、北部訓練場への軍用道路だったのだ。車で約1時間半、やっと座り込みテントが見えてきた。
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 この東村高江に近い民間牧草地で10月11日午後5時半すぎ、米軍ヘリが飛行中に出火し、墜落しました。現場は、米軍北部訓練場付近(東村、国頭村)で、米海兵隊普天間基地(宜野湾市)所属のCH53Eヘリです。

 けが人はいないといいます。翁長雄志知事は12日正午すぎ、事故の現場付近を視察し、「のどかな農村地帯の中で、異様な形でヘリコプターが横たわっていた」と語りました。

修正 グーグル 東村 ヘリ墜落
(米軍ヘリCH53が墜落した場所。下の方の黒丸の牧草地。300m先に人家があります。左側のジャングルがヘリパッド地帯=グーグルアースから)

 そして日米地位協定で、日本側に捜査権がなく、「米軍に『2度と、こういうことがないようにしてください』という話しかできない」と怒りを込めて語りました。

 CH53は2004年8月にも沖縄国際大の校舎に激突し、墜落・炎上したことがあります。ふたたび、CH53よってくり返された事故なのです。

 安倍政権と米政府は、北部訓練場の面積の「過半」を返還する条件として、住民約150人が暮らす高江の集落周辺に6カ所のヘリパット(着陸帯)を建設。うち2カ所が15年2月、4カ所が16年12月、米軍に提供され、米海兵隊のMV22オスプレイや米軍ヘリの飛行が昼夜を問わず激増していました。

 安倍政権は、名護市辺野古への新基地建設と連動して、ヘリパッドの建設工事を強行していました。事故は起こるべくして起きたと言えるものです。

 総選挙のさなかに起きた米軍の事故。日本共産党は、「沖縄県民の民意を無視した新基地の建設のストップ」「普天間基地の無条件撤去を」「基地のない平和で豊かな沖縄を」と訴えています。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/10/12 17:14

◎沖縄・辺野古、高江のたたかいと連帯して

 安倍政権が、沖縄県名護市の辺野古で強行している米軍新基地建設。その予定海域に、活断層の可能性のある断層の存在が、防衛省の作成資料と地質研究者への取材で分かった、と9月24日付の「しんぶん赤旗」が伝えている。

 新たな資料で判明した危険な場所に、新基地を建設していいのか。沖縄の人々と連帯して愛知県でも、新基地建設反対、高江(東村)へのヘリパッド建設反対のたたかいがつづく。

 【辺野古新基地反対コンサートイン名古屋】

 名古屋市栄の三越デパート。その向かいにある栄広場で「辺野古新基地反対コンサート in 名古屋」が開かれた(敬老の日の9月18日、月曜日)。今回で10回目になる。

辺1

 コンサート実行委員会によると、辺野古の埋め立て区域の北端では、100mほど石材が積みあがっているという。サンゴ群生地にもかかわらず、安倍政権は「特段の支障はない」という姿勢だ。

 しかも沖縄県の岩礁破砕許可が今年3月で切れているにもかかわらず、工事を強行している。翁長雄志県知事をはじめ県民が抗議しているのに、安倍政権は完全に無視している。日本は法治国家なのか。

辺2

 コンサートには、昨年も参加したが、午前11時から午後5時までのロングランだ。20人近い個人やバンドがボランティアで出演している。いろいろな人たちが入れ代わり立ち代わりで聞きに来ていた。また、栄の街を行き交う人が立ち止まって聞いていく。

 毎週土曜日には、向かい側にある三越デパートのライオン像前の広場で午後6時から同7時までアピール行動をしている。私も何度か参加した。最後に行われる「勝利のラインダンス」が実に楽しい。

 辺野古に近い沖縄・高江へ、安倍政権が強行したヘリパッド建設。その現状を展示しているテントがあった。写真を見ていると豊田ナンバーの機動隊のバスがあった。自分が住む豊田から機動隊が参加しているのだ。

 とんでもないことだ。資料や本もあり、本を2冊買い、カンパもしてきた。次回は、12月17日(日)に、名古屋市・金山にある労働会館東館ホールで午前11時から開かれる予定だ。

辺3


 【沖縄高江への愛知県警機動隊派遣違法訴訟の裁判前学集会】

 「沖縄高江への愛知県警機動隊派遣違法訴訟」の第1回口頭弁論が10月25日に名古屋地裁で開かれる。高江への機動隊の派遣は、違法な公金支出だと訴えるものだ。

 それに先立って9月15日(金)、名古屋のウィルあいちで、裁判前学習会が開かれた。50人近くが集まった。

 短い期間にもかかわらず、裁判には211人の原告が加わった。弁護団からのあいさつや説明が行われ、裁判の正当性や意義が強調された。

辺4


 原告の代表や最近、沖縄へ行き、辺野古のキャンプシュワブ前での抗議行動に参加した人が、機動隊からごぼう抜きされた体験を、写真などを使って報告した。機動隊が不当な弾圧行為を日常的にくり返しているという。

 愛知県警への情報開示請求をすると、ほとんどが黒塗りの“のり弁”状態だったという。原告に加わろうと思ったが、時間に間に合わなかった。サポーター登録をして、支援していきたいと思う。
沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/09/24 16:10
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