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◎壇上のイスに置かれたエメラルドグリーン色の帽子

 壇上の一番前のイスに置かれたエメラルドグリーン色の帽子。故・翁長雄志沖縄県知事が切望していた「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8・11県民大会」に出席できず、その代わりの帽子でした。

修 翁長帽子
(壇上の一番前のイスには、故・翁長雄志沖縄県知事がかぶる予定だったエメラルドグリーン色の帽子が置かれていました)

 県民大会を、毎日新聞映像グループの生中継をスマホで見ました。7万人の参加者がいっせいに掲げた「新基地NO」「県民はあきらめない」と書いたメッセージボード。8月8日に亡くなった翁長さんも一緒だったらと誰もが思ったでしょう。

 安倍政権は、エメラルドグリーンの辺野古への土砂投入を17日にもねらっています。

 大会では、翁長氏の二男・雄治氏が父の「遺言」ともいうべき言葉を紹介しました。

 「沖縄は試練の連続だった。しかし、一度もウチナーンチュ(沖縄県民)の誇りを捨てることなくたたかってきた。ウチナーンチュが心を一つにしてたたかうときには、おまえが想像するより、はるかに大きな力になる」

 そして雄治氏は、「父に、辺野古新基地が止められたと報告できるように、頑張りましょう!」と呼びかけました。

 知事職務代理の謝花喜一郎副知事は、4日に翁長氏と面談した際、「私が『一日一日、公務をこなし、県民の負託に応えたい』と言ったのは『撤回』のことだ」と話していたと紹介しました。

 その上で、「この知事の思いを深く受け止め、私たちも辺野古に新基地を造らせないという公約の実現に向けてとりくみたい」とのべ、埋め立て承認撤回に前向きな姿勢を示しました。

沖縄 8・11集会
(大会では、参加者が手をつなぎ合いました=「しんぶん赤旗」、8月12日付から)

 大会では、次のような決議を採択しました。

……
 7月27日、翁長沖縄県知事は「埋め立て承認撤回」を表明し、8月9日に聴聞を開始した。ただちに国は埋め立て工事を中止し、新基地建設計画を断念すべきである。

 私たちは安倍政権と沖縄防衛局に対し強い怒りを持って抗議する。私たちは豊かな生物多様性を誇る辺野古・大浦湾の美ら海に新たな基地を造らせない。沖縄県民の命とくらし、沖縄の地方自治と日本の民主主義と平和を守るためこの不条理に対し全力で抗い続ける。
……
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沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/08/12 10:51

◎翁長沖縄県知事 逝く

 翁長雄志沖縄県知事が8月8日午後6時43分、すい臓がんのために亡くなりました。まだ67歳でした。名護市辺野古に米軍の新基地をつくらせない、と安倍首相と激しく対決した4年でした。

 沖縄県にとって厳しい結果が出た裁判でも、泰然自若とした風貌は忘れられません。元々は、自民党沖縄県連幹事長まで務めた保守の政治家でした。保守、革新の枠を越えて結成された「オール沖縄」の象徴でした。

 今年6月23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた「沖縄全戦没者追悼式」。翁長知事が「平和宣言」を読み上げました。がんで体調を壊した知事ですが、その意志の強さは、いささかも失っていませんでした。

翁長雄志沖縄県知事
(テレビ朝日系から)

……
 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。

 民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。

 「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。
……

 米軍基地問題では、みじんも揺らぐことがなかった翁長さん。ある日、翁長さんが日本の首相に就任している夢を見ました。もちろん、辺野古に新基地をつくらせなかった後のことです。

 4年前の知事選で、応援に駆け付けた俳優の故・菅原文太さんは訴えました。その後ろには、翁長さんが拍手を送っていました。

「沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。辺野古もしかり! 勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ」

 菅原さんの烈々たる訴え。それに応えて走り抜けた翁長さんの4年間も、烈々たるものでした。知事選は9月にも予定されています。「オール沖縄」の財産は、必ず引き継がれるでしょう。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/08/09 10:47

◎「勝つ方法はあきらめないこと」

 安倍政権は8月17日にも、米軍新基地建設を予定している沖縄県名護市・辺野古の海の埋め立てに向けて、土砂の投入を強行しようとしています。しかし、埋め立て計画の進行率は、当初計画のわずか4%にすぎません。

 「しんぶん赤旗」日曜版(7月29日号)が、くわしく掲載しています。それによると、前県知事の仲井真弘多氏が、新基地の埋め立てを承認したのは2013年12月27日でした。

 沖縄防衛局が県に提出した承認願書などによると埋め立ての工期は5年。防衛省の計画では、今年2月には、護岸が完成し、埋め立てもほぼ完了しているはずでした。

 ところが、沖縄県民やこれと連帯する国民の反対運動、翁長雄志沖縄県知事の埋め立て承認取り消しなどで、当初の埋め立て計画より大幅に遅れているのが実態です。

30 辺野古は進んでいない
(「しんぶん赤旗」日曜版、7月29日号から)

 計画では、22の護岸をつくることになっていますが、着工できたのは7つにすぎません。なぜか。建設予定地で“マヨネーズ並み”の超軟弱地盤が見つかっているからです。

 護岸を建設するには、地盤改良工事が必要です。それには翁長知事の承認が必要です。翁長知事は軟弱地盤が見つかったことや沖縄防衛局が環境保全対策を示すことなく工事に着工したことなどをあげ、7月27日に仲井真前知事の埋め立て承認を撤回する手続きを開始すると発表しました。

かんばん 勝つ方法
(沖縄・辺野古のテント村に掲げられたスローガン)

 辺野古の海の埋め立てに反対する県民たちの合言葉に、「勝つ方法はあきらめないこと」があります。埋め立て計画が4%しかすすんでいないのに、沖縄防衛局が8月17日にも土砂の投入をしようとしているのは、県民に“あきらめ”させようとしているのです。

 座り込みをする県民を暴力的に排除しようとする安倍政権。「勝つ方法はあきらめないこと」と粘り強く反対運動を続ける沖縄県民。翁長知事を先頭にした“オール沖縄”の人々の闘いは続きます。
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/07/29 09:52

◎翁長沖縄知事 辺野古埋め立て承認撤回へ

 「朝鮮半島の非核化と緊張緩和にむけた米朝の努力が続けられている中、20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すこともなく強引に推し進めようとする政府の姿勢は到底容認できるものではない」

 安倍政権が8月17日にも、沖縄県名護市辺野古への埋め立て土砂の投入を強行しようとしているなかで、翁長雄志沖縄県知事は7月27日、朝鮮半島の大きな変化にふれて、米軍新基地建設に関する前知事の埋め立て承認を撤回する手続きを開始すると発表しました。

 安倍政権は、4年前の知事選での翁長知事の誕生、衆参選挙での野党の勝利という圧倒的な民意をふみにじり、辺野古の護岸建設を強行。後は土砂搬入して、一気に新基地建設へ突入しようとしています。

 翁長知事は、この日の記者会見で、前知事の埋め立て承認を撤回する理由として、▽防衛省沖縄防衛局が全体の実施設計や環境保全対策を示すことなく工事に着工するといった事業者の義務違反、▽軟弱地盤や活断層の存在の指摘など承認時に明らかにされていなかった事実の判明――などをあげました。

 沖縄県は、今後、事業者である沖縄防衛局の言い分を聞く「聴聞」を実施します。一方、菅義偉官房長官は同日、「工事を進めていく考え方に何ら変わりはない」とのべました。

 安倍政権は、撤回の効力を失わせる執行停止の申し立てや、取り消しを求める訴訟を起こして対抗する方針で、しゃにむに新基地建設へ突っ張る構えを見せています。

80 赤旗 20180602
(辺野古の護岸工事を伝える「しんぶん赤旗」6月3日付)

 約1カ月前の6月23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が開かれました。膵がんで体調を壊した翁長知事が安倍首相の目の前で、「平和宣言」を読み上げました。

 「『辺野古に新基地を造らせない』という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません」

 さらに、沖縄県浦添市立港川中学校3年生の相良倫子さんの「生きる」と題した詩の全文を朗読しました。

 「これからも、共に生きてゆこう。この青に囲まれた美しい故郷から。真の平和を発進しよう。一人一人が立ち上がって、みんなで未来を歩んでいこう」

 安倍首相は、知事や中学生の願いにいっさい耳をかたむけず、辺野古に新基地を建設しようというのか!
沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2018/07/28 16:35

◎沖縄から中学生の「生きる」の訴え

 20数万人の命が奪われた沖縄での地上戦が終って73年目の6月23日(土)。所用で自動車を運転していましたが、NHKラジオで糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた「沖縄全戦没者追悼式」を聞いていました。

 翁長雄志沖縄県知事が「平和宣言」を読み上げました。膵がんで体調を壊した知事ですが、沖縄に新基地をつくらせないという意志の強さは、いささかも失っていない力強いものでした。

……
 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。

 民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。

 「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。
……

 「みじんも揺らぐことはありません」とのくだりには思わず胸が熱くなりました。さらに心を躍らせたのが沖縄県浦添市立港川中学校3年生の相良倫子さんの「生きる」と題した詩の全文の朗読でした。

 運転していることを思わず忘れそうになるほどひきつけられました。生命のすべてが躍動するような沖縄で、73年前にあった命が奪われる地上戦。中学生が、こんなにも戦争の愚かさを伝えることができる! なかでも、次のフレーズが強く残りました。

「壊されて、奪われた。/生きた時代が違う。ただ、それだけで。/無辜の命を。」

 「生きた時代が違う。ただ、それだけで」、命が奪われるような時代を、しっかりと受け継ぎ、絶対にくり返さぬ思いを語ったのです。後で知ったのですが、8分近い朗読をすべて暗唱していたというから、さらに驚きました。以下は相良さんの「生きる」の全文です。

……
沖縄県浦添市立港川中学校 3年 相良倫子

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 
私は今、生きている。
 
私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

沖縄 相良倫子さんの詩の朗読
(中学校3年生の相良倫子さんの詩「生きる」の朗読=NHKテレビから)
 
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
 
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。
 
私はこの瞬間を、生きている。
 
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。
 
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。
 
七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
 
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
 
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。
 
私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。
 
あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。
 
今を一緒に、生きているのだ。
 
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。
 
私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。
 
大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
 
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。
 
摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/06/24 10:06

◎安倍政権は民意を語れない 名護市長選

 全国注視の沖縄県名護市長選が2月4日投開票、同市辺野古の新基地建設反対を訴え3選をめざし「オール沖縄」が推す稲嶺進氏(72)は、1万6931票(得票率45・36%)を獲得しましたが、及びませんでした。当選は、自民、公明、維新推薦の前市議、渡具知武豊氏(56)=新=。

 選挙中は、「辺野古の『へ』の字も言わない」との戦術に終始した渡具知氏は、一夜明けた5日、「一概に賛成、反対とは言えない。複雑な民意が示された」(日経、6日付)とのべざるを得ませんでした。

 安倍政権は、新基地建設をごり押しするために、前回選挙では自主投票だった公明党を取り込むなど、政権丸抱えの選挙に徹しました。これで、「民意」が示されたなどといって新基地建設を進めることは、到底許されないことです。

 民意と言うならば、14年の名護市長選で稲嶺氏、同11月の知事選で翁長雄志氏、同12月の衆院選で4小選挙区すべてで、「オール沖縄」の候補が勝利。16年7月の参院選でも13年に続いて「オール沖縄」の候補が勝利しました。

 民意は、辺野古新基地建設ノーでした。ところが、沖縄県民の民意を踏みにじって辺野古の海を17年4月から埋め立てを始めたのは安倍政権でした。民意というのなら、埋め立ての強行は絶対できないはずであり、認められないことです。

 渡具知氏が「複雑な民意が示された」と言わざるを得なかったのは、そうした県民、市民の思いを知っているからでしょう。実際、普天間基地の辺野古への移設に、「反対」が63%で、「賛成」は20%にすぎませんでした(市長選告示後の朝日新聞世論調査)。

辺野古の青い海
(辺野古の青い海)

 この間の安倍政権の民意踏みにじりは、露骨でした。米軍再編関連の交付金について、「名護市は前市長時代の2008年度以降に計17億7千万円を受け取っていたが、移設反対の稲嶺市長が10年に就任して以降、支給されていなかった」(日経、6日付)のです。

日経 米軍再編交付金
(日経新聞、2月6日付から)

 しかも、15年以降は辺野古の3地区の自治会だけには、沖縄県や名護市の頭越しに、直接交付金を支給することまでしました。札束で、地域に原発の建設をすすめた図式とまったく同じです。

 新基地建設に反対する県民は、辺野古の海岸にテント村をつくっています。そこに掲げられたスローガンがあります。「勝つ方法はあきらめないこと」――沖縄県民は戦後73年、自民党政権や米軍の強権によって敗北もしましたが、そのつど立ち上がって勝利しました。

勝つ方法はあきらめないこと


 今回の名護市長選で残念ながら勝利できませんでしたが、新基地を建設させないために「オール沖縄」は、決して屈せず、あきらめないでしょう。なぜなら、独立国に外国の軍隊が駐留することはあり得ないことだからです。
沖縄 | コメント(11) | トラックバック(0) | 2018/02/06 15:40

◎「それで何人死んだんだ」との暴言ヤジ 松本副大臣辞任

 自民党は、沖縄の米軍基地問題に何も感じなくなっているのか――。日本共産党の志位和夫委員長が代表質問(1月25日、衆院本会議)で、沖縄県で続発する米軍機の落下物事故や不時着について安倍政権をただしたところ、自民党席から「それで何人死んだんだ」とのヤジが飛びました。

 「しんぶん赤旗」の女性記者が、すぐに松本文明内閣府副大臣(衆院東京7区)に取材したところ、「僕の発言だ」と認めました。同氏は元沖縄・北方担当副大臣でした。

 「しんぶん赤旗」は、翌26日付で、これを報道。メディアも続いて伝えました。沖縄タイムスは27日付1面で、松本氏の暴言ヤジと辞任を報道。「開いた口が塞がらない。まるで問題を起こした米軍よりも県民を責めるような口ぶりである」(社説)と批判しました。

辺野古の青い海
(安倍政権は名護市辺野古の青い海に新基地を建設しようとしています)

 志位委員長の沖縄部分の質問は次のようです。

……
沖縄の米軍基地問題について質問します。「最初に報告を受けた時はふるえて涙が出ました。娘を見て安心してまた涙が出そうになりました。ただただ子供達を守ってほしい。ただそれだけです」

 米軍ヘリからの部品落下事故が起こった宜野湾市・緑ケ丘保育園の父母会のみなさんからいただいた「嘆願書」につづられた、園児のお母さんの一人からの訴えであります。

 東村高江での米軍ヘリ炎上大破事故、宜野湾市の保育園と小学校への米軍ヘリからの部品や窓の落下事故、年明けに3件も立て続けに起こった米軍ヘリ不時着事故――沖縄での米軍機事故の続発は、異常事態というほかありません。

 許しがたいのは、事故が起こっても、米軍は何事もなかったかのようにすぐに飛行再開を強行していることです。そして、日本政府が、米軍の言い分をうのみにし、飛行再開を許しつづけてきたことです。総理、これで主権国家の政府と言えますか。

志位代表質問
(代表質問で沖縄の問題を追及する日本共産党の志位和夫委員長=1月25日)

 総理は、こうした恥ずべき米軍追従姿勢をあらため、沖縄のすべての米軍機の緊急総点検と飛行停止を米国に要求すべきです。学校、保育園、病院などの上空は「最大限、可能な限り飛行しない」などという米軍まかせの取り決めでなく、「一切飛行しない」ことを厳重に約束させるべきです。明確な答弁を求めます。

 これまで政府は、「普天間基地は市街地の真ん中にあるから危険、海辺の辺野古に移せば安全」と言って、辺野古新基地建設をごり押ししてきました。

 しかし、普天間基地所属の海兵隊の軍用機は、基地周辺だけで事故を起こしているのではありません。この1年余を見ても、名護市、久米島町、伊江村、石垣市、東村、宜野湾市、うるま市、読谷村、渡名喜村と、沖縄全土で事故を起こしているのです。

 この事実は、普天間基地を辺野古に移したところで、危険な基地が沖縄にあるかぎり、危険は変わらないことを示しているではありませんか。

 普天間基地の無条件撤去、辺野古新基地建設の中止、海兵隊の沖縄からの撤退こそ、県民の命と安全を守る唯一の解決策です。総理の見解を求めます。
……

 普天間基地に代わる辺野古に新たな新基地をつくっても、「名護市、久米島町、伊江村、石垣市、東村、宜野湾市、うるま市、読谷村、渡名喜村と、沖縄全土で事故を起こしている」状態は、何も変わらないと鋭く安倍政権を批判したのです。

 沖縄県民の怒りを代表して追及している時に、松本副大臣は「それで何人死んだんだ」との暴言ヤジを飛ばしたのです。これが副大臣か! あきれて物がいえないほどです。

辺野古 新基地
(辺野古の新基地建設工事は、これだけしか進んでいない=ネットから)

 沖縄タイムスは、25日の衆院本会議で松本氏が暴言ヤジを放った後も26日午後まで松本氏が新年会に参加するなど辞任を否定していたとしたうえで、「辞表提出前に発言を報じていたのは赤旗だった。その後、各社が報道する動きを察知した官邸が即座に動いた」と、安倍政権が名護市長選への影響を恐れて松本氏の「トカゲのしっぽ切り」に踏み切ったと報じています。

 名護市辺野古への新基地建設問題を最大の争点にした2月4日(日)投開票の名護市長選挙への影響を恐れて、安倍政権は松本氏を切ったというのが事の真相です。こんな安倍政権を退陣に追い込むためにも、名護市長選挙で稲嶺ススム市長の勝利を勝ち取ることが必要です。

沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2018/01/30 19:34

◎「沖縄 17」⑨ 決戦・名護市長選

 年末の沖縄旅行の最後の日は、名護市の太平洋側に北にある屋我地島の北端にある国立療養所沖縄愛楽園を訪ねた。戦前の1938年(昭和13年)に開園された。

 ハンセン病患者は、隔離、差別され、1996年に「らい予防法廃止に関する法律」が施行されるまで、どれほど苦しんだことか。以前からこの施設があることを知っていたが、沖縄戦当時の戦争遺跡があると聞いていた。

愛楽園写真
(国立療養所沖縄愛楽園)

 広い敷地の中に病院棟や生活棟が広がっていた。海岸沿いにいろいろな碑が建てられていた。そのなかに、ドイツの大学に在学中、ナチス反対運動に参加、米国に帰化したスコアブランド医師を記念したスコアブランド公園があった。

 スコアブランド医師は、沖縄戦で荒れはてた愛楽園の空の倉庫を薬品や衛生物資で満たし、焼け残った木材を使い掘っ立て小屋で暮らしていた患者たちのために、建築資材を大量に運び込んだという。その資材を使い入所者自身の手により園の復興が始まった。感動的は話である。

 名護市は、市長選挙(1月28日告示、2月4日投票)を前に緊迫していた。名護市辺野古への新基地建設に反対を続けてきた3期目をめざす稲嶺進市長(72)を支援する「オール沖縄」と自民党、公明党が推す新人の渡具知武豊氏(56)=名護市議=との一騎打ちだ。

 自民党の二階俊博幹事長と萩生田光一幹事長代行が正月早々の1月4日に名護市に入り、「選挙は最後まで頑張った者が勝つ」などとテコ入れを図るなど、稲嶺市政の打倒に執念を燃やしている。その先にあるのは、今年11月の沖縄知事選での翁長雄志沖縄県知事の転覆だ。

 萩生田氏は、安倍晋三首相と加計孝太郎加計学園理事長とビールを片手に3ショットの写真を撮ったり、官房副長官当時、「総理は『平成30年(今年)4月開学』とおしりを切っていた」などと発言していたことが明らかになるなど、加計学園問題に深く関わってきた安倍首相側近だ。

 年末の沖縄訪問では、日本共産党の統一センターを訪問した。ちょうど会議中だった。対応してくれた青年の話によると、安倍・渡具知陣営は、大臣クラスの国会議員がすでに、次々と応援に入り、業界ぐるみで締め付けを強めているという。安倍・自民党の並々ならぬ動きが感じられる。市長選に勝って、一気に辺野古での新基地建設を進めたいと必死になっているのだ。

統一
(日本共産党の統一センター)

 稲嶺市長も負けてはいない。1月6日には米軍・キャンプシュワブ前で座り込む人たちを前に、「辺野古に新基地はつくらせない。市長選、知事選まで大きなうねりをつくっていこう」と呼びかけた。

 稲嶺市長は、琉球大学を出た後、名護市役所に就職。名護市民と苦楽を共にしてきた。市長になっても、小学生の登校を見守る運動を続けている。なんとしても「オールジャパン」の力を集中して、稲嶺市長の3選を果たさなくてはと思った。少し無理をして、多くのカンパを置いてきた。

稲嶺ビラ1
(稲嶺進市長のビラ。翁長雄志沖縄県知事とともに)

稲嶺ビラ 2
(稲嶺進市長の実績ビラ)


              ◇

 この記事は、1月14日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2018/01/08 18:17

◎「沖縄 17」⑧ ヘリの窓が落ちてきた

 正月明け早々の1月6日夕方、沖縄県うるま市の伊計島の東側海岸の砂浜に米海兵隊普天間基地(同県宜野湾市)所属のUH1ヘリコプターが不時着した。乗組員は4人でけが人はいなかったという。

 伊計島では、昨17年1月20日、普天間基地所属のAH1Z攻撃ヘリが農道に不時着。同基地の所属機では、CH53E大型ヘリが昨年10月、東村高江の民間地で炎上・大破。12月には、同型機が宜野湾市の保育園や普天間第2小学校に部品を落下させるなど、事故が連続している。

普天間第2小 写真2
(普天間第2小学校)

 年末の沖縄旅行では、昨年12月13日に、米軍ヘリコプターの窓わくが落下した普天間第2小学校の現場に寄ってみた。グランドには、立入禁止の表示があり入れなかった。グランドには誰もいなかったが、窓わくが落下したところに赤いコーンが置いてあった。

 1m四方の窓わくの落下の衝撃で、小石がはね上がり、4年生の男子児童1人に当たって左腕に擦り傷を負った。アクリル製の破片が飛び散った。事故当時、10mほど離れた所で2年生と4年生の約60人が体育の授業をしていた。

 「ドーンという衝撃音と砂ぼこりが上がった」という。あと10分後だったら放課になり、子どもたちでグラウンドはあふれていただろう。児童に直撃していればどうなっていたか…。実は、普天間第2小学校には、7年前の2010年年末の沖縄旅行で訪れていた。ブログ「トヨタで生きる」に、こう書いた。

……
 少年野球のチームが試合をしていた。そこへ轟音を響かせ、輸送機が真上を飛んでいく。小学校と基地は隣接している。輸送機の轟音で隣の妻との話声が聞こえなくなる。
 小学校の教師をしている妻が、びっくりしていう。
 「これでは授業が大変よ!」
……

普天間第2小 写真1
(米軍ヘリの窓わくが落下した普天間第2小学校のグラウンド。赤いコーンが立っている場所)

 当時は、ヘリの窓わくがグラウンドに落下してくるとは想像もできなかった。普天間基地がある限り、戦闘機が墜落することもありうるのだ。赤いコーンを見つめながら、人口密集地にでんと居座る普天間基地は、無条件で閉鎖撤去する以外にない、と思った。

               ◇

 この記事は、1月13日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。

沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:48

◎「沖縄 17」⑦ 荒らされたチビチリガマ

 前回に続いて読谷村の話である。沖縄には、琉球王国時代の5つのグスクと関連遺産群(4つの遺物)が2000年に世界遺産に登録された。5つのグスク(首里城、中城城跡、座喜味城跡、勝連城跡、今帰仁城跡)のうち、座喜味城跡だけが訪れていなかった。

 読谷村の座喜味城跡に行った。1416年から22年にかけて読谷山の按司護佐丸が築城したといわれる。日本では、室町時代にあたる。この城も、戦争の深い傷跡が残っている。

グスク 写真1
(読谷村のグスク、座喜味城跡)

グスク 写真2

グスク 写真3


 戦前には、日本軍の砲台が、戦後には米軍のレーダー基地が置かれたために城壁の一部が破壊された。現在では、復元されている。曲線を多用した美しい石垣は素晴らしかった。

 これで沖縄の世界遺産の5つのグスクを全部回ったことになる。沖縄へ行けばほとんどの人が首里城を訪れるが、5つすべてを訪れるのは少ないだろう。琉球時代に心を寄せるのも沖縄旅行の楽しみだ。

 読谷村には、昨年9月に4人の少年に荒らされて、ニュースになったチビチリガマがある。地元の人に聞くと、車で5、6分ほどだというので行ってみることにした。

 チビチリガマは、道路沿いにあったが、そこだけが谷のように低くなっているので分かりにくかった。沖縄戦の集団自決で、85人が犠牲になった場所だ。今でも回収されていない遺骨があるという。

 犠牲者が使っていた入れ歯や器、瓶などが破壊され、破片が小さな骨の上に散らばるなどの破壊が行われた。16~19歳の少年4人が犯人だとわかって、あ然とした。

チビチリガマ 写真1
(読谷村のチビチリガマ)

チビチリガマ 写真2

チビチリガマ 写真3


 沖縄戦の悲惨な体験が伝わっていなかったのか…多くの県民ががく然としただろう。政治的な意図はなく、少年たちは、悪ふざけしたと語ったという。実に悲しい事件だった。

 あの不幸な事件以降、新たに飾られた千羽鶴が多数あった。沖縄戦の悲惨な戦争遺跡は、どんなことがあっても大切に残していかねばならない。チビチリガマを訪れ、考えた。

              ◇

 この記事は、1月12日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:36

◎「沖縄 17」⑥ ♪さとうきび畑

 読谷村を自動車で走っていると、「さとうきび畑」の歌碑という看板があったので寄ってみた。住宅が間近に迫るさとうきび畑の端に歌碑があった。作曲家の寺島尚彦氏が1964年に摩文仁の丘を訪れた時に、この歌を作詞・作曲したという。当時、このあたりは、一面のさとうきび畑だったようだ。

さとうきび 写真2
(「さとうきび畑」の歌碑)

 ♪ ざわわ ざわわ ざわわ
   広いさとうきび畑は

 森山良子の澄んだ歌声であまりにも有名だ。彼女の歌の代表作である。歌碑は、2012年に読谷村高志保のさとうきび畑の一角に建立された。この一帯は、1945年4月1日、米軍が沖縄本島への最初の上陸作戦を行なった地域でもある。

さとうきび 写真1


 南へ車で走ると、すぐに広大な米軍・嘉手納基地が見えてくる。ベトナム戦争、イラン戦争…米軍有事の際は、ここから戦闘機が飛び立っていく。戦後72年余りたっても、戦争の臭いが消えない地域だ。

 森山良子の澄んだ歌を爆音で消してはならない。森山良子は、2005年の第NHK紅白歌合戦で、息子の森山直太朗とともにこの曲を歌った。個人的には、フォークソングの女王といわれた森山良子と直太朗の曲が大好きで、マイカーのオーディオもハードデスクに入れている。

さとうきび 写真3
(歌碑にある「ざわわ憲章」)

 うたごえ運動では、反戦歌として歌われることが多い。この歌を口ずさむ時は、沖縄の米軍基地と重なる。いまだに、外国の基地があるというのは異常だ。日本は独立国ではないのだ。米軍基地に囲まれた沖縄を車で走ると実感する。

              ◇

 この記事は、1月11日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:24

◎「沖縄 17」⑤ 平和の礎

 今回の沖縄旅行の目的の1つは、沖縄南部の糸満市にある平和祈念公園内の「平和の礎(いしじ)」だ。ここは、今回で3回目の訪問だ。これまでは摩文仁の丘にある各県の慰霊碑や平和記念資料館を訪れることが中心で、平和の礎は遠くから全体を見渡しただけだった。

 太平洋戦争・沖縄終結50周年を記念して1995年に完成した。沖縄戦で犠牲になった世界中の人の名前が刻み込まれている。24万人余の名前が刻まれた礎の全部を見て、犠牲者の数の多さを実感しようと思った。礎の特徴は、敵味方の区別がなく、犠牲者すべての名前が刻んであることだ。

平和の礎 写真3
(平和祈念公園内の「平和の礎」)

 アメリカにイギリスをはじめ、アジアの各国におよんでいる。端から端まで歩いてみた。全部を見るのに30分ぐらいかかったと思う。愛知県出身者で犠牲になった人の名もあった。豊田市の人はいるのだろうか?

 24万余の人々には、それぞれ家族や友人がいたことだろう。それを思うとどれだけの人々が不幸になったのだろうか。あらためて戦争の愚かさを感じた。その沖縄に、辺野古に新基地や高江にヘリパッドなどのように軍事基地をつくることなどは絶対に許せないことだ。

平和の礎 写真2


 毎年、沖縄戦が終わった6月23日、歴代首相も出席して追悼と平和のへの誓いが行われる。2017年、安倍晋三首相の目の前で、自作の詩「誓い―私たちのおばあに寄せて」を朗読した沖縄県立宮古高校3年生の上原愛音(ねね)さんの呼びかけは、記憶に新しい。

 2013年には、自作の詩「へいわってすてきだね」を読んだ当時6歳の安里有生君。絵本になって出版され、今も平和教育の教材になっている。摩文仁の丘からの平和のメッセージは、沖縄戦の悲惨な戦いが若い世代へ確実に受け継がれていることを示している。

平和の礎 写真1


 合唱団で鍛えたという、すがすがしいなかにも力強い声で、原稿を見ることもなく朗読した上原さんの詩がよみがえる。

 爆音とともに/この大空が淀んだあの日。/おばあは/昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を/友と歩いた砂利道を/裸足のまま走った。/三線の音色を乗せていた島風に/鉄の臭いが混じったあの日。/おじいはその風に/仲間の叫びを聞いた。

 誓おう。/私達はこの美しい大地を/二度と切り裂きはしない。/ここに誓おう。/私は、私達は、/この国は/この世界は/きっと愛しい人を守り抜くことができる。/この地から私達は/平和の使者になることができる。

              ◇

 この記事は、1月10日にアップする予定でしたが、都合により1月8日にアップしました。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:09

◎「沖縄 17」④ ヘリパッドが強行された高江で

 米軍キャンプシュワブのゲート前から、東村高江の米軍ヘリパッド(ヘリコプターの着陸帯)へ向かった。安倍政権が強行建設した高江までは、北部の山間部を通り、車で2時間近くかかる。

ゲート前写真3
(ジュゴンの帽子をかぶって抗議する人=米軍キャンプシュワブのゲート前)

ゲート前写真1
(米軍キャンプシュワブのゲート前のテント村)

ゲート前写真4
(米軍キャンプシュワブのゲート前のテント村で座り込む人々)

 米軍は、16年12月22日、北部訓練場の約半分にあたる約4000㌶を「返還」したという。訓練場にあった7カ所のヘリパッドの替わりに、新しい4カ所のヘリパッドをつくった。ヘリパッドをリプレイスすることで機能を強化しているのだ。

 途中、オスプレイが墜落し、大破した名護市安部(あぶ)の海岸に寄ってみた。誰もいなかったが、何事もなかったかのように、美しい砂浜と海が広がっていた。

 去年の年末に、この現場に来たときは、ボランティアのダイバーらによって海中に残された残骸が回収され、すぐ側にある地区会館の広場に集められていた。今でも、海底には細かい残骸が多数あるという。子どもが入って遊ぶのは危険だと言っていた。被害は、いつまでも残るのだ。

 この後、美しい海岸線と山の中を走り高江向かった。最初に完成したN4ゲート前を通る。金網のゲートの内側に、警備員が5、6人、直立不動で立っている。その後、米軍北部訓練場正面玄関ゲート前を通り、N1ゲート前に着いた。

 テント村には、6、7人の人がいた。京都から毎年のように、高江に通っているという若い女性と一緒に話を聞いた。この日は、隣の大宜味村の「9条の会」の当番だという。N1ヘリパッドは完成しているため、特に動きはないということだった。基地の監視と訪問者への対応が当番の主な仕事らしい。

 N1ゲートの金網の前には、民間警備会社の警備員が10人くらい1列に並び、直立不動で立っていた。30分交代で立っているという。このゲートは、大阪府警から派遣された機動隊が沖縄県民に向かって“土人発言”をしたことで有名になった場所だ。

高江写真1
(高江のテントで)

高江写真3
(高江では抗議のテントや横断幕が張られている)

 大宜味村でも戦前の侵略戦争を正当化する改憲右翼団体の「日本会議」のメンバーが入ってきて、県知事戦に向けていろいろな動きをしているという。安倍政権の閣僚のほとんどは、「日本会議国会議員懇談会」に加入している。

 「日本会議」のメンバーは、病院の医師を同会議の意に沿う医師に替えるとともに、レントゲンなどの医療機器を充実させ、村民の支持を得ようと画策しているそうだ。

 名護市長選・県知事選は、国――安倍政権が相手の選挙だ。金と業界締め付けで、県民を分断しようと様々な動きをしていて、活発だ。必死になっているのがよくわかった。「オール沖縄」「オールジャパン」で、跳ね返さなければと思った。

              ◇

 この記事は、1月9日にアップする予定でしたが、都合により前日にアップしました。
沖縄 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2018/01/08 17:00

◎「沖縄 17」③ 緊迫する辺野古の海

 2017年年末の沖縄旅行で、辺野古の青い海の海岸線に立った。フロートフェンスが広範囲に広がっているのが見える。その向こう側では、たくさんのクレーンが林立し、積み上げられたコンクリートブロック。沖縄防衛局によって護岸工事が行われている。

辺野古写真3
(辺野古の青い海が破壊される)

 フロートフェンスのそばでは、工事に抗議する平和丸やカヌー隊がフロートに乗り上げんばかりにして抗議行動を続けている。浜辺からはハンドマイクで抗議の声を上げている。昨年(16年)暮れに来て以来、辺野古の海は緊迫し、大きく変化していた。

辺野古写真1
(後方は、米軍キャンプシュワブ)

辺野古写真4
(抗議する平和丸やカヌー隊)

辺野古写真2
(抗議するカヌー隊)


 辺野古漁港と反対側の大村湾側に回ってみた。ここでもフロートフェンスが広い範囲にあった。たくさんのクレーンやクレーン船、そして沖縄防衛局に雇われた地元漁船が監視船として会場に停泊していた。

 海岸線からは、なかなか埋め立ての現状がわかりにくく、もどかしい。そう思っていたら沖縄のたたかいをリポートしている写真家の森住卓さんがネットで元旦の辺野古の写真を掲載していた。

 上空から撮った写真で、米軍キャンプシュワブから、辺野古の海に突き出した護岸が写っていた。サンゴの青い海を突き破るような一直線の護岸。コンクリートブロックが4段も積み上げられ、工事用トラックが行き来できるように砂利道が出来上がっている。

 いくつもの護岸をつくり、それで辺野古の海を仕切り、今年夏にも土砂を投入して新基地を建設しようというのだ。青い、青い海を切り裂くようなグロテスクな護岸。ジュゴンが住む海の破壊を始めているのだ。怒りがふつふつと沸く。

辺野古地図 琉球新報
(埋め立ての地図。地図に「来年夏」とあるのは18年夏のこと=琉球新報から)

 安倍首相は、この写真を見て、何を語るのだろうか。それでも新基地をつくるというのか! 新基地の建設を許さない、というのは名護市長選、沖縄知事選、衆院選、参院選で「オール沖縄」が勝利しているように県民の民意だ。

 それを踏みにじり、強権的に工事を強行する安倍政権。絶対に許せない!
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2018/01/08 16:36

◎「沖縄 17」② 座り込み4999日

 2017年暮れの沖縄旅行では、①安倍政権によって新基地建設が強行されている名護市の辺野古テント村、②ヘリパッド建設が強行された東村高江、③戦前の沖縄戦の激戦地・糸満市の平和記念公園にある平和の礎(いしじ)に行こうと思っている。後はノープランで現地へ行ってから決めようと思った。

 12月25日(月)、辺野古へ向かった。辺野古漁港にあるテント村へ行く。この日は、2004年4月19日に座り込みが始まってから、4999日目だった。あと1日で5000日を迎える。13年余の座り込み。その粘り強さに感嘆する以外にない。

テント1
(辺野古のテント村。座り込み4999日と書いた看板がある)

テント2
(テント村の中)

 翌26日には5000日目を記念して、米軍キャンプシュワブのゲート前で集会が開かれると聞いた。後で知ったが、500人が参加し、名護市の稲嶺ススム市長が駆けつけ、こう訴えたという。

 「子や孫に恥ずかしくない行動をしようという強い信念が私たちを支えている。来年2月の名護市長選は絶対に勝たなければならない。民意を改めて日米両政府に示そう」

 名護市長選挙は、1月28日(日)告示、2月4日(日)に投票される。菅義偉官房長官は12月29日、名護市に入り、辺野古の3地区の区長と面会し、18年度予算に1億2000万円の補助金を計上したことを説明したという。

 沖縄県や名護市の頭越しに、補助金を投入するというのだ。国民の血税で新基地の建設を強行しようという安倍政権。なんという卑劣な手法だ。権力を傘に、何がなんでも新基地を建設しようとしている。

 同じ29日、日本共産党など県議会与党3会派と保守・中道の政策集団「新しい風・にぬふぁぶし」が呼びかけた「緊急全県議員集会」が、名護市内で開かれた。

 翁長雄志知事が激励し、「オール沖縄」の国会議員、県議、市町村議110人が参加。「相手は国。議員団、県民の総ぐるみの結集を図らなければ激戦は勝ち抜けない」と、全県議員が総力をあげることを確認した。


 当面の政治決戦である名護市長選に向けて、年末は激しい動きになっているのだ。それはさておきテント村では、常駐している女性が、毎年訪れ、カンパをしていく私のことをよく覚えていてくれた。「また今年も来てくれましたね。いつもご支援、ありがとうございます」と言われた。

テント5
(辺野古の海。向こうが米軍キャンプシュワブ)

 彼女に、この1年の辺野古の状況を聞いた。3カ所から護岸工事が進められているという。安倍政権は、既成事実を作り上げ、県民や国民に運動をあきらめさせようという作戦のようだ。

 工事全体から見るとまだ1%にも満たないそうだ。まだまだ、国民世論に訴えると決意を語ってくれた。私も、愛知県、豊田市から支援の声を広げます、と決意をのべた。

テント3

テント4


 海岸へ回ってみると、ここからは米軍キャンプシュワブだと仕切ったフェンスに、全国から寄せられたたくさんの横断幕やバナーがくくってあった。「ジュゴン・海ガメ・青サンゴのいる辺野古の海をこわすな」「誇りです 基地に頼らず実績つくる稲嶺名護市長」…熱い連帯の思いが込められていた。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/12/31 18:50

◎「沖縄 17」  10回目の思い ①

 年末に恒例の沖縄旅行へ行った。最初に行ったのは2008年だから、今年17年で10回目になる。毎年、新しい発見があり、ますます知りたいことが増えていく。

辺野古の海 2017
(辺野古の青い海が埋め立てられようとしています)

 このブログ「トヨタで生きる」に、毎年、沖縄リポートをアップしてきた。たとえば13年12月30日。仲井真弘多沖縄県知事(当時)が、安倍晋三首相と会談(12月25日)し、名護市・辺野古の海を埋め立てることを事実上、承認したことを書いた。

 2日後の27日、正式に承認した知事に、沖縄県民は怒りをもって県庁前で集会を開いた。その場所に私はいた。知事に対する「裏切り」と書いたプラカードや、県民の気持ちを表した「屈しない」というプラカードであふれていた。

 この後、1000人の参加者は、県庁ロビーを埋め尽くした。県民の激しい怒りを膚で知った。私はこう書いた。

県庁ロビー 131227
(仲井真弘多沖縄県知事の裏切りに、県庁ロビーを埋めた県民=2013年12月27日)

 「正直なところ沖縄の問題は、自分の中ではまだ『小指の痛み』でしかない。『全身の痛み』と感じるまで沖縄へ通おうと思った」

 翌年(14年)秋の知事選で、県民は翁長雄志沖縄県知事を誕生させるという快挙を成し遂げた。翁長氏は、自民党沖縄県連幹事長を務めた保守だった。保守から革新まで「オール沖縄」が結集した。戦後の沖縄の歴史のなかで初めてのことだった。

 14年12月の衆院選挙では、4つの小選挙区すべてで「オール沖縄」が完勝。16年の参院選挙での勝利で、知事、衆参合わせて6議席すべてが「オール沖縄」が占めるようになった。民意は明白であり、安倍政権の新基地建設にノーを突き付けた。

 しかし、安倍政権はあらゆる手段を使って辺野古の海を埋め立ている。今回の沖縄旅行で、辺野古のテント村へ行った。「座り込み 4999日」の看板を見て感動した。あと1日で5000日!

4999

あきらめない



 何と13年余も座り込んでいるのだ。「勝つ方法はあきらめないこと」の看板もあった。安倍政権が、どんな強権を使っても新基地はつくらせないという県民の思いに胸が熱くなった。正月をはさんで10回目の沖縄リポートを続けたい。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/12/30 18:27

◎またも米軍ヘリが墜落 沖縄・東村

 2年前、15年8月のこのブログ「トヨタで生きる」に沖縄米軍ルポをアップしました。1カ月後には、安倍政権が、違憲の集団的自衛権を盛り込んだ安保法制(戦争法)を強行した時でした。

……
 (沖縄県)名護市からレンタカーで北上し、海岸線からひたすら山の中へと入っていく。米軍がジャングル戦を想定した訓練をしているという北部訓練場へ向かった。道なき道を行くようなところかと考えていたら、まったく違っていた。

 舗装された2車線の道路が山のなかへ分け入っていくのだ。この道路は、北部訓練場への軍用道路だったのだ。車で約1時間半、やっと座り込みテントが見えてきた。
……

 この東村高江に近い民間牧草地で10月11日午後5時半すぎ、米軍ヘリが飛行中に出火し、墜落しました。現場は、米軍北部訓練場付近(東村、国頭村)で、米海兵隊普天間基地(宜野湾市)所属のCH53Eヘリです。

 けが人はいないといいます。翁長雄志知事は12日正午すぎ、事故の現場付近を視察し、「のどかな農村地帯の中で、異様な形でヘリコプターが横たわっていた」と語りました。

修正 グーグル 東村 ヘリ墜落
(米軍ヘリCH53が墜落した場所。下の方の黒丸の牧草地。300m先に人家があります。左側のジャングルがヘリパッド地帯=グーグルアースから)

 そして日米地位協定で、日本側に捜査権がなく、「米軍に『2度と、こういうことがないようにしてください』という話しかできない」と怒りを込めて語りました。

 CH53は2004年8月にも沖縄国際大の校舎に激突し、墜落・炎上したことがあります。ふたたび、CH53よってくり返された事故なのです。

 安倍政権と米政府は、北部訓練場の面積の「過半」を返還する条件として、住民約150人が暮らす高江の集落周辺に6カ所のヘリパット(着陸帯)を建設。うち2カ所が15年2月、4カ所が16年12月、米軍に提供され、米海兵隊のMV22オスプレイや米軍ヘリの飛行が昼夜を問わず激増していました。

 安倍政権は、名護市辺野古への新基地建設と連動して、ヘリパッドの建設工事を強行していました。事故は起こるべくして起きたと言えるものです。

 総選挙のさなかに起きた米軍の事故。日本共産党は、「沖縄県民の民意を無視した新基地の建設のストップ」「普天間基地の無条件撤去を」「基地のない平和で豊かな沖縄を」と訴えています。
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/10/12 17:14

◎沖縄・辺野古、高江のたたかいと連帯して

 安倍政権が、沖縄県名護市の辺野古で強行している米軍新基地建設。その予定海域に、活断層の可能性のある断層の存在が、防衛省の作成資料と地質研究者への取材で分かった、と9月24日付の「しんぶん赤旗」が伝えている。

 新たな資料で判明した危険な場所に、新基地を建設していいのか。沖縄の人々と連帯して愛知県でも、新基地建設反対、高江(東村)へのヘリパッド建設反対のたたかいがつづく。

 【辺野古新基地反対コンサートイン名古屋】

 名古屋市栄の三越デパート。その向かいにある栄広場で「辺野古新基地反対コンサート in 名古屋」が開かれた(敬老の日の9月18日、月曜日)。今回で10回目になる。

辺1

 コンサート実行委員会によると、辺野古の埋め立て区域の北端では、100mほど石材が積みあがっているという。サンゴ群生地にもかかわらず、安倍政権は「特段の支障はない」という姿勢だ。

 しかも沖縄県の岩礁破砕許可が今年3月で切れているにもかかわらず、工事を強行している。翁長雄志県知事をはじめ県民が抗議しているのに、安倍政権は完全に無視している。日本は法治国家なのか。

辺2

 コンサートには、昨年も参加したが、午前11時から午後5時までのロングランだ。20人近い個人やバンドがボランティアで出演している。いろいろな人たちが入れ代わり立ち代わりで聞きに来ていた。また、栄の街を行き交う人が立ち止まって聞いていく。

 毎週土曜日には、向かい側にある三越デパートのライオン像前の広場で午後6時から同7時までアピール行動をしている。私も何度か参加した。最後に行われる「勝利のラインダンス」が実に楽しい。

 辺野古に近い沖縄・高江へ、安倍政権が強行したヘリパッド建設。その現状を展示しているテントがあった。写真を見ていると豊田ナンバーの機動隊のバスがあった。自分が住む豊田から機動隊が参加しているのだ。

 とんでもないことだ。資料や本もあり、本を2冊買い、カンパもしてきた。次回は、12月17日(日)に、名古屋市・金山にある労働会館東館ホールで午前11時から開かれる予定だ。

辺3


 【沖縄高江への愛知県警機動隊派遣違法訴訟の裁判前学集会】

 「沖縄高江への愛知県警機動隊派遣違法訴訟」の第1回口頭弁論が10月25日に名古屋地裁で開かれる。高江への機動隊の派遣は、違法な公金支出だと訴えるものだ。

 それに先立って9月15日(金)、名古屋のウィルあいちで、裁判前学習会が開かれた。50人近くが集まった。

 短い期間にもかかわらず、裁判には211人の原告が加わった。弁護団からのあいさつや説明が行われ、裁判の正当性や意義が強調された。

辺4


 原告の代表や最近、沖縄へ行き、辺野古のキャンプシュワブ前での抗議行動に参加した人が、機動隊からごぼう抜きされた体験を、写真などを使って報告した。機動隊が不当な弾圧行為を日常的にくり返しているという。

 愛知県警への情報開示請求をすると、ほとんどが黒塗りの“のり弁”状態だったという。原告に加わろうと思ったが、時間に間に合わなかった。サポーター登録をして、支援していきたいと思う。
沖縄 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/09/24 16:10

◎「日本の独立は神話」 翁長沖縄県知事

 沖縄県名護市辺野古への新基地建設、オスプレイの相次ぐ墜落――「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」が8月12日、那覇市で開かれ、辺野古の青い海を象徴した服装の人々ら4万5000人が参加しました。

 「NO 辺野古」のプラカードをいっせいに掲げました。2015年8月に沖縄へ旅行し、辺野古の青い海に魅せられました。このブログ「トヨタで生きる」では、5回連載「沖縄からのリポート 2015年8月」としてアップしました。

 http://toyotaroudousya.blog135.fc2.com/blog-entry-1889.html

 その1回目に、「辺野古の海に1組の親子」をアップしました。夏休みに親子3人が海水浴を楽しんでいる様子の記事、写真を掲載しました。しかし、辺野古の海は、安倍政権によって埋め立てが始まっています。

 翁長知事が、「国は法令をすり抜けることに心血を注いで、強行に新基地建設を推し進めています」と訴えたように、法令をすりぬけ、強権を使いながらしゃにむに突き進んでいます。

 翁長知事は語りかけました。「みなさん、負けてはいけませんよ」と。知事の決意と参加者の思いが1つになりました。翁長知事のあいさつを紹介します。

グーグル 辺野古
(辺野古の青い海=グーグルアースから)

……
 昨年12月に名護市安部区にオスプレイが墜落し、その6日後には原因究明されないまま飛行が再開されました。この1週間前には普天間基地所属のオスプレイがオーストラリアで墜落しました。

 憤慨に堪えません。米軍が運用上必要と言えば(日本政府は)すぐ引きさがる、これでは私は日本の独立は神話だと言わざるをえない。

 オスプレイの配備撤回、辺野古新基地建設反対、普天間基地の閉鎖・撤去の一連の選挙で示され続けた県民の主張はいささかも揺るぎもない正当な権利であります。

 7月、沖縄県は国を相手に岩礁破砕等行為の差し止めを求める訴訟を起こしました。新基地建設に当たっては、岩礁破砕等許可などさまざまな行政手続きが必要で、これらは一つひとつ法令に基づき厳正にチェックしていかなければなりません。

 国は法令をすり抜けることに心血を注いで、強行に新基地建設を推し進めています。この状況は、必ず埋め立て承認の撤回につながってまいります。あらゆる情報を判断して撤回の時期について、私の責任で決断を致します。私は、辺野古新基地を造ることは絶対にできないと確信を致しております。

翁長知事 ネット
(あいさつする翁長雄志沖縄県知事=ネットから)

 元防衛大臣は新基地が建設されても、固定翼機緊急発着のための民間空港使用が改善されなければ普天間基地が返還されないと、国会で明確に答弁しました。総理と前知事が約束した5年以内の運用停止は空手形であり、話くわっちー(話のごちそう)だったということです。

 米軍統治下時代、苛烈を極めた米軍との自治権獲得闘争を粘り強くたたかってきた沖縄県民は日米両政府が辺野古新基地を断念するまでたたかい抜くものと固く信じております。
 グスーヨー、マキテーナイビランドー(みなさん、負けてはいけませんよ)。
……
沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/08/14 09:32

◎「平和の使者になることができる」 沖縄・女子高生の詩

 沖縄戦から72年目の6月23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」(主催・沖縄県と県議会)が開かれました。

 このなかで自作の詩「誓い―私たちのおばあに寄せて」を朗読した沖縄県立宮古高校3年生の上原愛音(ねね)さん。「平和の使者になることができる」との呼びかけが感動を呼んでいます。

 合唱団で鍛えたという、すがすがしいなかにも力強い声で、原稿を見ることもなく朗読した上原さん。4年前の2013年に同じ「追悼式」で自作の詩「へいわってすてきだね」を読んだ当時6歳の安里有生君-。

 さらに、22年前の1995年10月21日、米兵による少女暴行事件を受けて宜野湾市で開催された沖縄県民総決起大会。当時、普天間高校3年生だった仲村清子さんの決意表明。

 いずれも、20万人が亡くなったといわれる沖縄戦をふたたびくり返さないという決意と、そのためには米軍基地の全面撤去を求めるという若者たちの思いにあふれています。

 上原さんの詩です。

 今日も朝が来た。/母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。/いつも通りの平和な朝が来た。/七十二年前/恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで/おばあもこうして/朝を迎えたのだろうか。/おじいもこうして/食卓についたのだろうか。

 爆音とともに/この大空が淀んだあの日。/おばあは/昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を/友と歩いた砂利道を/裸足のまま走った。/三線の音色を乗せていた島風に/鉄の臭いが混じったあの日。/おじいはその風に/仲間の叫びを聞いた。

 昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り/生きたいと泣く/赤子の声を抑えつけたあの日。/そんなあの日の記憶が/熱い血潮の中に今も確かにある。/決して薄れさせてはいけない記憶が/私の中に/私達の中に/確かに刻まれている。

上原愛音さんの詩
(「しんぶん赤旗」、6月24日付から)

 少女だったおばあの/瞳いっぱいにたまった涙を/まだ幼かったおじいの
両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを/私達は確かに知っている。/広がりゆく豊穣の土に芽吹きが戻り/母なる海がまた/エメラルドグリーンに輝いて/古くから愛された/唄や踊りが息を吹き返した今日。

 でも/勇ましいパーランク―と/心臓の拍動の中に/脈々と流れ続ける/確かな事実。/今日も一日が過ぎゆく。/あの日と同じ刻ときが過ぎゆく/フェンスを飛びこえて/締め殺されゆく大海を泳いで/癒えることのない/この島の痛み

 忘れてはならない/民の祈り/今日響きわたる/神聖なサイレンの音に/「どうか穏やかな日々を」/先人達の願いが重なって聞こえる。/おばあ、大丈夫だよ。/今日、私達も祈っている。/尊い命のバトンを受けて/今/祈っている。

 おじい、大丈夫だよ。/この島にはまた/笑顔が咲き誇っている。/私達は
貴方達の想いを/指先にまで流れるあの日の記憶を/いつまでも/紡ぎ続けることができる。/誓おう。/私達はこの澄んだ空を/二度と黒く染めたりしない。

 誓おう。/私達はこの美しい大地を/二度と切り裂きはしない。/ここに誓おう。/私は、私達は、/この国は/この世界は/きっと愛しい人を守り抜くことができる。/この地から私達は/平和の使者になることができる。

 六月二十三日。/銀の甘蔗(かんしょ)が清らかに揺れる今日。/おばあ達が見守る空の下/私達は誓う。/私達は今日を生かされている。

 上原さんの詩の朗読の動画は、次のアドレスで見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=ygVgvCfCQoo&feature=youtu.be
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/25 10:44

◎勝利のラインダンスを踊ろう! 沖縄と連帯

 名古屋市の繁華街・栄で毎週土曜日、沖縄に連帯する集会が開かれている。三越デパートの前にライオン像があるが、その前の通路がふくらんだ広場状になっている場所で、午後6時から7時まで行っている。

 所用で名古屋に出かけた帰り、久しぶりに参加した。この日で、47回目だという。1年近く続いていることになるから、ねばり強い運動だ。40人ほどが集まっていた。

栄沖縄1


 沖縄では、安倍政権が米軍・普天間基地に代わる新基地を、名護市の辺野古沖の海を埋め立ててつくろうとしている。県民の圧倒的な反対にもかかわらず、強権をむき出しにしている。

 県知事の岩礁破砕許可は3月末で期限が切れたにもかかわらず、問答無用で埋め立てている。翁長雄志知事は、差し止め訴訟などの対抗策を講じることを明らかにしている。

栄沖縄3


 集会では、歌とスピーチが交互に行われ、地元のシンガーソングライターの五島良子さんが自作の「君死にたもうことなかれ」を歌った。彼女は以前、「電気グルーヴ」という有名なバンドにいたことのある人だ。ユーチューブにアクセスするとすぐ出てくる。

 スピーチでは、日本に住んでいるアメリカ人の訴えが心に残った。日本とアメリカを比較し、今の日本は平和だと指摘した。アフガンやシリアなどで戦争をしているアメリカ、9条がある日本…この平和な日本を守ろうとの訴えは、心に響く。

栄沖縄4


 いよいよ最後のラインダンスだ。参加者全員が手をつなぎ、足を上げて踊る。沖縄のバンド「ディアマンテス」の「勝利のうた」のCDに合わせてダンスをするのだ。これが実に楽しい。

 辺野古の米軍・キャンプシュワブ基地の前のテント村に座り込んでいる沖縄のおじい、おばあがラインダンスやっているという。以前、名古屋の集会に来た沖縄平和運動センターの山城博治議長は、現地では“ばば殺し”というと語っていた。長時間踊るとかなりハードだ。

 この日は、視覚障害者の人がカラオケで歌った。「勝利のうた」に合わせて踊った。みんな、とても上手で、楽しそうだった。カンパ袋に、千円円札を入れていく人がかなりいた。名古屋と沖縄が熱い連帯に包まれた土曜日だった。

栄沖縄2
沖縄 | コメント(7) | トラックバック(0) | 2017/06/20 08:52

◎山城議長の即時釈放を 沖縄県選出の全6国会議員が声明

 沖縄県選出の全国会議員6人は2月18日、安倍政権がすすめている名護市辺野古への新基地建設や米軍北部訓練場でのヘリパッド建設の抗議行動で、逮捕・起訴されている沖縄平和運動センターの山城博治議長の即時釈放を求める「声明」を発表しました。

 山城議長は、威力業務妨害容疑などで、約4カ月にわたり勾留されています。異常な長期の拘留について「声明」は、次のようにのべ、安倍政権を強く批判しています。

 「軽微な容疑にもかかわらず、存在しない『証拠隠滅や逃亡の恐れ』を口実に長期拘留と接見禁止が続けられていることは、辺野古および高江の闘いとウチナーンチュの平和と尊厳回復を求める非暴力の抵抗をつぶす目的の政治弾圧だ」

 声明を出したのは、赤嶺政賢、照屋寛徳、仲里利信、玉城デニーの各衆院議員、糸数慶子、伊波洋一の各参院議員です。オール沖縄が推薦するすべての議員です。安倍政権の与党の自民党などの国会議員は、沖縄県からすべていなくなっています。

 このニュースに接し、昨年5月1日に山城議長が名古屋に来た時のことを思い起こしました。同日、“つながろう愛知”からと、栄の久屋大通り公園・光の広場で沖縄県名護市辺野古への米軍・新基地建設を許さない集会・ライブ・デモ行進が行われました。

山城1
(沖縄平和運動センターの山城博治議長=2016年5月1日、名古屋市で)

 山城議長はメインゲストで、大きな身振り手振りで歌も歌いながら1時間近く話し、最後にゲート前で行われているラインダンスをみんなでやろうと呼びかけました。

山城2


 参加者全員が立ち上がりロック調に合わせラインダンスをして盛り上がりました。現地では、歌あり、踊りありで、楽しく、非暴力で運動をしているといいます。

山城3


 実際、ヘリパッド反対の運動の現場では、「座り込みガイドライン」の立て看板があり、「私たちは非暴力です」「いつでも愛とユーモアを」と記しています。山城議長らは、これを徹底しているのに、安倍政権は「非暴力の抵抗をつぶす目的の政治弾圧」(「声明」)で異常な長期の拘留を続けているのです。

沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/02/23 05:35

◎ヘリパッドの高江で 「沖縄 16」④

 年末の9回目の沖縄旅行で、激しいたたかいになった沖縄北部の東村高江に向かった。米軍の北部訓練場(東村、国頭村の7800㌶)に、安倍政権がオスプレイなどを離発着できるヘリパッドを建設している現場だ。

 名護市辺野古から車で1時間30分ほどかかる。東村の集落をぬけると、木がジャングルのように密生している。地元の人たちがブロッコリーと呼んでいる木だ。その中を国道70号線がどこまでも続いている。一本道だ。

高江1 201612


 ヘリパッドの建設は、地元住民と沖縄の人々のたたかいですすんでいなかった。ところが昨年夏、安倍政権は突如、建設の再開を強行した。参院選の投開票日の翌日(7月11日)だった。

 全国から機動隊を動員して、資材の搬入口に連日、座り込む県民、支援の人たちをごぼう抜きした。有無を言わさない、力づくの強行突破だった。昨年完成したN4ゲート前は、フェンスを張り、ガードマンが数人並んでいた。

修  ヘリパッド 地図 沖縄タイムス
(「沖縄タイムス」から)

 そこから5分ほどのところに、反対する人々のN1ゲートテント村がある。全国から激励に訪れる人たちにレクチャーをしていた。年末だが多くの人々が来ていた。

 その反対側には、資材などの搬入口のゲートがある。多数のアルソックの警備員が並んでいる。搬入路の坂道に沿ってフェンスがある。大阪府警から動員された機動隊員が沖縄県民に向かった「土人発言」をしたところだ。この日は静かだった。

高江2 201612


 N1裏ゲートにも行った。新川(あらかわ)ダム入り口から畑の中を10分ほど車で走る。ブルーシートのテント村があった。昨年来たときには白いテントが2つあっただけだったが、村として大きくなっていた。

 テントの裏側には、H地区に通じる通路があり、金網のフェンスに板を貼り付けて道をふさぎ、そのうしろではアルソックの警備員が立っている。昨年とは大きく様変わりしていた。

 6つのヘリパッドは、安倍政権の強行突破で、ほぼ完成に近い状態になっている。辺野古に新基地ができれば、高江のヘリパッドと合わせて米軍基地の強化が最大限のものになるだろう。

高江3 201612


 豊かなヤンバルの自然とジュゴンが生息する辺野古の美しい海を破壊し、米軍基地を強化する。なんとしても阻止したい、と山と海で体を張ってたたかう沖縄の人々。

 参院選では、ヘリパッド建設と新基地建設に反対するオール沖縄が推した伊波洋一候補が約35万票、自民党現職で島尻安伊子・沖縄北方担当相が約25万票で、伊波候補が10万票の大差で勝利した。

 これで、自民党は沖縄県で衆院小選挙区(4議席)、参院(2議席)のすべてで議席を失った。6議席ともオール沖縄が占めた。県民の民意は明白だ。

高江4 201612


 米軍は昨年12月22日、北部訓練場の約半分にあたる約4000㌶を「返還」した。6カ所のヘリパットの建設が完成したからだ。「返還式」なるものに、翁長雄志沖縄県知事は参加せず、同じ日に開かれたオスプレイ墜落に抗議する集会に参加した。

 翁長知事は、あらゆる方法を使って新基地はつくらせない、とくり返し語っている。私たちも、知事の不退転の決意に応え、日本全国で声を上げ、オールジャパンで安倍政権のアメリカ言いなりの政治を変えなくてはと思った。

沖縄 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/01/17 11:38

◎米軍基地前のテント村で 「沖縄 16」 ③

 年末の9回目の沖縄旅行で、名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブ前のテント村を訪れた。辺野古漁港側のテント村からは、辺野古の集落の中を歩いて15分くらいのところだ。

 地元のボランティアが車で送ってくれた。車でわずか5分ほどである。米軍基地は、クリスマス休暇だったので静かだった。テント村も午前中だったこともあり、留守番の人が数人いただけだった。

シュワブ1
(米軍キャンプ・シュワブ=右側=とテント村=左側=)

 テントが立ち並んだテント村は、米軍基地と対峙するように50mほど続く。米軍の正面ゲートは静かだった。入口で、アルソイックの警備員が1人立っているだけだった。

 正面ゲートから50mほど北側には搬入ゲートがある。以前は、テント村がこちらにあったが、現在の場所に移動した。搬入ゲートは、沖縄県警の大型バスとトラックが入り口をふさぐように駐車しており、アルソックの警備員10人ほどが警戒していた。

シュワブ2


 テント村で留守番をしている若者と話をした。12月22日に北部訓練場の「返還式」が行われ、形式的にはオスプレイが発着できるヘリパッドが完成したことになっているので、辺野古の基地建設が本格的に始めるだろうと語っていた。

 話の途中に、防衛省沖縄防衛局の作業服を着た人が見回りに来た。テント村の人とひとこと二言話をして帰って行った。いつも来るという。

シュワブ3


 いよいよ辺野古の新基地建設をめぐってたたかいが、また始まる。全国から大きな支援すると同時に、全国各地で抗議の意思表示をして、オールジャパンでたたかわなくてはならないと思った。

シュワブ4


 若者が語っていたように、正月明けになると安倍政権は、米軍のための新基地建設をめざし一気に動き始めた。沖縄防衛局は5日午前、米軍キャンプ・シュワブの沿岸部の砂浜に準備していた浮桟橋を海上に設置する作業を始めた。

 海上では、船3隻、カヌー10ほどが抗議。ゲート前では、今年最初の抗議行動が始まった。稲嶺進名護市長ら約400人が参加。稲嶺市長は、「絶対に屈しない。新基地は造らせない」とのべた。

 沖縄防衛局は、6日にはフロートを作業船で海上に設置する作業を始めた。テント村で県民らが座り込み、海上では船とカヌーから抗議した。連日、県民らは抗議し、9日も抗議は続いている。

 これに先立つ4日、翁長雄志沖縄県知事は、県庁で職員に向けて年頭あいさつ。「辺野古に新基地を造らせないことを県政の柱とし、県の有するあらゆる手法を用いて取り組む」とのべた。

フロート 琉球新報から
(安倍政権は辺野古の海にフロートを張った=琉球新報から)

 知事は5日、米軍のオスプレイ空中給油再開について県庁で、「県民に寄り添うと言いながら、米軍の要求を最優先する政府の姿勢は、信頼関係を大きく損ねるものであり、強い憤りを感じている」と語った。

 新基地を造らせない、という翁長知事の姿勢は、いささかも揺らいでいない。県民に寄り添うというのは、知事のことだ。安倍政権が寄り添っているのは、アメリカなのだ。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/09 14:42

◎辺野古の海とテント村で 「沖縄16」 ②

 年末の沖縄への旅行で行った名護市辺野古のテント村は、にぎやかだった。テント村は、辺野古の漁港にある。冬休みに入ったせいか、学生のグループや教員グループなどが次々と訪れていた。

 テント村のボランティアスタッフが、次々と訪れるグループにレクチャーをしていた。若い学生たちが、実際の現場を前にして真剣に耳を傾けている様子は頼もしい限りだった。私もいっしょに聞かせてもらった。

辺野古16 ①
(辺野古のテント村)

辺野古地図


 米軍は12月22日、沖縄本島の北部にある東村の北部訓練場(7800㌶)の約半分にあたる約4000㌶を「返還」した。オスプレイが離発着する6カ所のヘリパットの建設を安倍政権が強行した後でのことだ。

 ヤンバルクイナが生息する貴重な森を切り裂き、使用できない谷筋などを「返還」しただけで、訓練場をいっそう強化したにすぎない。「返還式」なるものに、翁長雄志沖縄県知事は参加せず、同じ日に開かれたオスプレイ墜落に抗議する集会に参加した。

辺野古16 ③
(どこまでも青い辺野古の海。向こう側に見えるのが米軍キャンプシュワブ)

 スタッフは、安倍政権は今後、辺野古の新基地建設に集中するだろうという。安倍政権に追随した最高裁の不当な判決で、辺野古の埋め立ての取り消しをした翁長知事側は一歩、後退を余儀なくされた。

 安倍政権は、待ってましたとばかりに、12月27日午後、新基地建設の工事を10カ月ぶりに再開した。県民は、米軍キャンプシュワブのゲート前に座り込み、抗議した。

辺野古16 ④

辺野古16 ⑥


 翁長知事は同日、首相官邸で菅義偉官房長官に事前協議を要請したが、菅長官は拒否した。翁長知事は、「絶対に新基地は造らせないという気持ちで頑張りたい。いろいろな形でやることをやっていく」と断固とした決意を示した。

 テント村には、「新基地建設阻止! 闘争開始より8年(2639日)の命を守る会の闘いとテント村座り込み4633日」の看板があった。4633日とは12年以上にもなる。

辺野古16 ②


 辺野古の青い海に向かった。キャンプシュワブと日本を隔てるフェンスに、新基地建設に抗議する横断幕やリボンなどが取り付けてある。15の横断幕があった。「オール沖縄の心 全国の願い1つ 基地もオスプレイもいらない!」「美しい海を汚さないで」など全国からの連帯メッセージだ。

 こうしたメッセージが、何者かによって取り去られるという。沖の方では年明けから本格的に再開される工事に抗議するために、カヌーの練習をする人たちがいた。

辺野古16 ⑤
(カヌーの練習をする人たち)

 ジュゴンが生息するこの美しい海に、またフロートを張り巡らすのか! 海保と呼ばれる海上保安庁の強力なゴムボートが抗議する人々を排除するのか! フェンスに「沖縄不屈」のメッセージが取り付けてあった。

 そうだ。沖縄県民は不屈のたたかいをしているのだ。すでに12年以上も。たたかいを始めた時と今は何が違うのか? 県民が選んだ翁長知事がいるのだ。県民の民意を示して選んだ翁長知事が、県民の不屈のたたかいに寄り添っているのだ。
沖縄 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/31 13:19

◎オスプレイ墜落現場で 「沖縄16」 ①

 沖縄の2016年は激動だった。安倍政権による辺野古の海の埋め立て強行、高江でのヘリパッド建設強行、オスプレイ墜落-。その一方で、夏の参院選挙ではオール沖縄の勝利…沖縄の人々の不屈のたたかいを追った。今年で9回目となる沖縄の旅で。

 沖縄は、すごい暑さだった。気温25度。豊田市の初夏のようだった。沖縄の人もこんな暑さは初めてだと言っていた。クリスマスイブの12月24日、中部国際空港セントレアを飛び立って那覇空港に着いた。

 ホテルで地元紙の琉球新報を読んでいると、25日の午後0時からオスプレイが墜落した名護市の海岸で、残骸を回収する作業が行われるという記事があった。早速、参加することにした。コンビニで軍手を買った。

 安倍政権が普天間基地に代わる新基地を建設しようとしているのが名護市の辺野古だ。その辺野古にある米軍キャンプシュワブのゲート前を、車で通って10分ほど走ると墜落現場に着いた。

沖縄16 ①


 車を停める場所を探していると、前からTシャツを着た人が2人歩いてきた。Tシャツには「“菅(義偉官房長官)悪代官” ウチナー(沖縄の人々の意味)の未来は ウチナーが決める 基地負担軽減はウソ」「表現の自由」とあった。

 悪代官なんかに屈するか、という思いが伝わる。意気盛んだ。様子を聞くと、すでに回収作業は終わったという。公民館の広場に回収した残骸の山が箱に入れて置いてあるという。

 広場に行くと、地元新聞社の記者がインタビューをしているところだった。海岸から見ると、墜落現場にはもう何もないように見えるが、海中には尖った金属片などがたくさん残されたままになっているという。

沖縄16 ん

沖縄16 ③




 回収された中には、小さな金属片や切断された配線、パイプ、グラスファイバーの小片などがあった。地元の人たちは、これら回収物を米軍に引き取ってもらうといっていた。

 この状態を見れば、安倍政権がいうような不時着なんかではなく、墜落だった事は明らかだ。墜落した現場にも行ってみた。海岸線に沿って岩場を歩く。現場は浅瀬で、ごつごつした大きな岩がたくさんあった。

 現場には、もう何もなかった。米軍が回収したのだ。海上保安庁が捜査の申し入れをしたにもかかわらず、米軍は何も回答しないままに回収作業を一方的に行った。日米安保条約に基づく屈辱的な地位協定で、アメリカ軍の同意が必要だからだ。

沖縄16 ④
(オスプレイの墜落現場)

 日本の領土で、事故原因を究明できないのだ。地元の人々の話では、海の中には、まだまだ多数の残骸があるそうだ。ダイバーによる回収作業も必要だと言っていた。

 現場から正面を見ると辺野古のキャンプシュワブの建物や鉄塔が見える。目と鼻の先だ。新基地の建設現場でもある。海岸線に沿って集落がある。墜落現場からは1kmもない、本当に危ないところだったことがわかった。
沖縄 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/12/30 13:21

◎内野裁判の裁判長 辺野古の埋め立てで判決へ

 安倍政権は、米軍の新基地を、沖縄県名護市の辺野古の海を埋め立ててつくろうとしています。この安倍政権に対し、埋め立てに反対している沖縄県が争っている裁判で福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)は明日9月16日に判決を出します。

 このことを書いた日経新聞の記事を読みながら、「多見谷寿郎裁判長?」、どこかで聞いた名前だなと記憶を探しているうちに、見つかりました。

 トヨタ自動車堤工場で2002年に亡くなった内野健一さん(当時30歳)の裁判(名古屋地裁)で2007年11月、妻の博子さんの訴えを認めて、過労死と認めたのが多見谷裁判長だったのです。

辺野古の海
(沖縄県名護市の辺野古の青い海)

 新基地建設反対の県民の支持を受けて当選した沖縄県の翁長雄志知事は、前知事の埋め立て承認には瑕疵があったとして15年10月、取り消しました。ところが安倍政権は、取り消しの是正を知事に求めましたが、知事が従わなかったとして福岡高裁那覇支部に提訴しました。

 今年3月、多見谷裁判長は安倍政権と翁長知事に、▽国は訴訟を取り下げ、埋め立て工事を直ちに停止、知事は訴訟を取り下げる▽国と県は円満解決に向けた協議を行い、訴訟になった場合には、国と県は相互に判決に沿った手続きの実施を確約する――などの和解案を提示。双方が受け入れました。

 しかし、埋め立て工事を急ぐ安倍政権は、和解協議を閉ざし7月22日、ふたたび高裁那覇支部に訴えました。翁長知事は9人の尋問を求めましたが、多見谷裁判長が認めたのは翁長知事だけでした。

 翁長知事は裁判で、一方的に新基地を建設しようとする安倍政権に対し、「沖縄県への基地の過重負担を固定化させることになる」などと主張し、安倍政権の対応を強く批判しました。

 現憲法は、戦前の侵略戦争への反省から地方自治を憲法の大きな柱にすえています。安倍政権は、新基地建設反対の沖縄県民の民意と地方自治の原則を踏みにじり、権力を使って強引に辺野古の埋め立てをすすめようとしています。

 多見谷裁判長が、16日にどのような判決を示すのか注目されます。多見谷裁判長は内野裁判では、過労死と認めなかった豊田労基署の決定を覆しました。豊田労基署は、健一さんが亡くなる1カ月前の残業時間を45時間35分としか認めませんでした。

 多見谷裁判長は、トヨタが「自己研鑚」としていたQCサークル活動や創意くふう提案活動、交通安全運動、EX(班長)会の役員活動を業務と認め、残業時間を106時間45分として過労死と認めました。

 多見谷裁判長は、判決文の要旨を読み上げた後、「最後に一言つけ加えたい。原告は強い思いで(夫の過労死の実態を)調査された」と異例ともいえるねぎらいの言葉をかけたのです。

 人間味のある判決とねぎらいの言葉に博子さんや傍聴者は感動しました。辺野古に新基地をつくらせるかどうかは、日本の政治課題でもっともおおきな争点の1つです。国政をゆるがす判断となりそうですから予断は許しませんが、沖縄県民に寄り添った人間味のある判決を期待したいものです。
沖縄 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/09/15 10:40

◎地図は語る “銃剣とブルドーザー”で普天間基地はつくられた

 「(沖縄県の米軍基地)普天間は日本で二番目に危ない空港(一番は伊丹空港)と言われていますが戦後の基地開設時は、周囲に畑と森しか無いような場所でしたが徐々に基地周辺に多くの人が移り住んで来ています。良くテレビに出る小学校も後からあの場所に建設しました」

 これは、このブログ「トヨタで生きる」に寄せられたコメントです(2012年5月15日アップの「米軍基地をなくすのは簡単なこと」の記事に対し)。これに対しブログでは、「米軍は、“銃剣とブルドーザー”で沖縄県民の土地を基地にした」(2012年6月2日アップ)と反論してきました。

 私たちの反論が正しかったことは、地図が雄弁に語っています。16年7月に発行された『地図がわかれば社会がわかる』(田代博・日本地図センター地図研究所長著、新日本出版社)に、2枚の地図が掲載されていました。

 1枚は、普天間基地がつくられる前の1921年発行の国土地理院の2万5000分の1の地図です。もう1枚は、普天間基地がつくられた後の1974年の地図です。

30 普天間 新旧地図


 比べれば、一目瞭然です。「周囲に畑と森しか無いような場所でしたが徐々に基地周辺に多くの人が移り住んで来ています」ということは成り立たず、米軍は、“銃剣とブルドーザー”で沖縄県民の土地を基地にしたことがよくわかります。

 滑走路こそ畑と森だったようですが、その南側や東側に広がる集落は、基地の中に完全に消えています。2枚の地図をコピーして重ね合わせるとさらによくわかります。
沖縄 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/09/14 08:31

◎記者の誇り、沖縄のマスコは県民のもの

 安倍政権が米軍のために強行している、沖縄県東村高江のヘリパッド建設。県民が連日、抗議行動をくり広げています。その行動に連帯した沖縄マスコミ労働組合協議会(沖縄マスコミ労協、新聞、テレビ、ラジオ12社の約650人が参加)の副議長のあいさつは感動的です。

 あいさつしたのは、沖縄マスコミ労協の大矢英代副議長です。琉球朝日放送の記者です。あいさつの様子がユーチューブの動画に投稿されています。大矢記者は、あいさつの冒頭で、千葉県出身で3年有期の契約社員として入社したことを明らかにしています。

 正社員化の運動をしてきた組合の力で、現在は正社員になったことや、沖縄のことを何も知らなかったなかで、取材するうちに県民の側にたった報道を痛感したことなどを語りました。そして、次のように記者としての姿勢を語りました。

沖縄マスコミ労協 大矢副議長
(あいさつする沖縄マスコミ労協の大矢副議長=ユーチューブから)

……
 私たち(沖縄)マスコミ労協は、あらゆる戦争につながる原稿は書かないことを約束します。戦争のためにカメラを回しません。戦争のためにペンは取りません。戦争のために輪転機を回しません。

 71年以上前、先輩たちが犯した過ちは2度とくり返しません。そんな思いで沖縄の記者たちは、日々現場に立っています。それを支えているのは沖縄のみなさんです。

 沖縄のマスコは県民のものです。民(たみ)のものです。
……

 まだ、若い女性記者です。原稿を用意せずに、こんな格調高いあいさつができることに驚きます。拍手する県民の後ろには、県民を排除する構えの警備員らが映っています。

 安倍政権の権力を使ったマスコミ操作、分断、圧力で、新聞社やテレビ局は、政権批判のトーンを落としています。高市早苗総務相の電波停止発言は露骨で、参院選報道の時間は激減。党首討論会はわずか1回しかなく、争点が明らかにならないなかで投票日を迎えました。

 新聞、テレビ局幹部の安倍政権を忖度した経営姿勢のなかで、現場の記者が萎縮しているのが現実です。そうしたなかで、「沖縄のマスコは県民のものです。民のものです」と語った大矢副議長のあいさつは、全国の記者を励ますものでしょう。ユーチューブのアドレスは次の通りです。

https://www.youtube.com/watch?v=_XCKn1W0m5U&feature=youtu.be

沖縄 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2016/09/07 08:27

◎強権むきだし 沖縄・高江 ヘリパッド建設強行

 防衛省沖縄防衛局は7月22日午前6時、沖縄本島北部の東村高江に建設中の米軍ヘリ着陸帯(ヘリパッド)の建設工事を、約2年ぶりに再開しました。全国から動員された数百人の機動隊員が、反対する人々を強制的に排除しました。

 建設のための資材が搬入されたのは、参院選が終わった7月11日のことでした。安倍自公政権が突然、牙をむき反対運動を押しつぶそうというものでした。参院沖縄選挙区では、現職の島尻安伊子・沖縄北方担当大臣が、オール沖縄が推す伊波洋一候補に大差で負けた直後のことでした。

60 沖縄タイムスから
(反対運動の宣伝カーから機動隊に引きずり下ろされる人=7月22日、「沖縄タイムス」から)

 機動隊員の暴力的な排除をテレビで見ながら、昨年8月に現地を訪れた時のことを思い起こしました。その時のことは、このブログ「トヨタで生きる」に書きました(2016年8月31日アップ)。以下は、その採録です。

……
 沖縄県東村高江。ここに、安倍政権は米軍のヘリコプターの着陸帯、「ヘリパッド」を新たに建設しているのだ。返還される代わりに新たに4カ所6個のヘリパッドをつくろうとしている。

 防衛省沖縄防衛局は、2007年7月に工事を強行。14年3月には、集落からもっとも近いN4地区のヘリパッドを完成させた。今年1月、安倍政権は先行供与の閣議決定をしたため、オスプレイの本格的訓練が始まった。

 「ヘリパッドいらない住民の会」やこれを支援する人々は、ゲート前にテントを張り、昼も夜も24時間体制で抗議と監視体制を続けている。6月28日には、「高江座り込み8周年報告会」が開かれた。その粘り強さは驚きだ。

 座り込みをしていた「高江ヘリパッド反対現地行動連絡会」の共同代表の仲村渠(なかんだかり)政彦さんに話を聞いた。テントからは見えないがオスプレイなどが飛び回っていると語る。米軍のヘリには、機体の一部に劣化ウランや放射線を出すストロンチウム90を使っているという。

沖縄・高江 座り込み 201508
(高江に座り込む人々=2015年8月)

 米軍は、イラク戦争などで劣化ウラン弾を使ってきた。そのために異常児が生まれている。北部訓練場など北部には沖縄本島の60%をまかなう水がめ、ダムがあちこちにある。そのダムで米軍は訓練し、ヘリが墜落する事故も起きている。

 決して沖縄北部だけの問題ではなく、沖縄全体の命にかかわる問題だと仲村渠さんは語る。「夜も2~3人で、交代で泊まりこんでいます。寝袋で寝たり、自動車で寝たりしています。へびもムカデもでますよ」と笑う。学者タイプの冷静な人だ。
……

 安倍政権は、さらにこの日、名護市辺野古の米軍新基地建設をめぐり、辺野古埋め立て承認取り消しに対する国側の「是正指示」に翁長雄志知事が従わないのは違法だとして、県を相手取って違法確認訴訟を福岡高裁那覇支部に起こしました(第1回口頭弁論は8月5日)。

 強権に次ぐ強権に、翁長知事は、「沖縄の米軍基地問題についての国の強硬な態度は異常だ。多くの選挙を通じて民意が示されたのに、全く聞く耳を持たずに新基地建設を進めることは民主主義国家のあるべき姿からほど遠いものだ」と厳しく批判しました。

 参院選沖縄選挙区で自民党が敗れてために衆参6議席は、すべて翁長知事らオール沖縄が占めました。これを民意といわなくて、何を民意というのでしょうか。それを強権的に上から押しつぶそうとする安倍政権。沖縄県民と連帯してたたかおう!

沖縄 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/07/26 05:37
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