◎連合が国会前で6年ぶりに座り込み 「生涯派遣」反対で

 トヨタ自動車は10月29日、新型ミニバン「エスクァイア」を発表、販売しました。上級のミニバンで、価格は259~320万円です。生産するのは、トヨタ車体の富士松工場(愛知県刈谷市)です。

 富士松工場では、6年前の2008年のリーマン・ショック時に、派遣労働者が大量に雇い止めされました。多数の派遣労働者が工場に接する派遣寮から追い出されました。

 同じ10月29日、トヨタ労組やトヨタ車体労組などが加盟する連合(労働組合の全国組織)が、国会前で約750人が座り込みをし、「派遣労働者の使い捨ては許さない!」、「“生涯派遣”は許さない!」と声をあげました。

連合 座り込み
(労働者派遣法の改悪に反対して国会前で座り込む連合。赤いヤッケを着たのが神津事務局長=10月29日、ネットから)

 連合が座り込むのは、6年ぶりといいますからリーマン・ショック以来です。その中心には、連合の神津里季生事務局長(新日鉄住金労組出身)がいました。「低賃金、生涯派遣をまねく法案は改悪と言うほかない」と安倍政権を厳しく批判しました。

 もう1つの労組の全国組織である全労連なども、「安倍政権の雇用破壊に反対する共同アクション」の一環として国会前で座り込みを、「生涯派遣反対」「正社員ゼロ反対」と声をあげました。

 連合、全労連が一致して安倍政権の労働者派遣法改悪に反対して座り込むという画期的な動きになっています。

トヨタ テクニカル
(技術派遣労働者が働くトヨタのテクニカルセンター)

 安倍首相は28日の衆院本会議で、「派遣労働者のいっそうの雇用の安定、保護などをはかり、多様な働き方の実現をめざすものであり、『正社員ゼロ法案』『生涯派遣法案』では決してない」などとのべました。

 とんでもない暴論です。労働者派遣法には、2つの原則が定められてきました。1つは、派遣労働者を正社員の代わりにしてはならないという「常用代替防止」です。もう1つは、派遣労働は、「臨時的・一時的業務」に限るというものです。そのために派遣期間は原則1年(最大3年)と定めています。

 ところが安倍政権は、派遣労働者を派遣会社と派遣労働者の間の雇用契約期間によって2つに区別しようとしています。雇用期間が決められている「有期雇用派遣」と、定年まで働ける「無期雇用派遣」に分け、同じ派遣先で働ける期間について、前者が上限3年、後者は無制限にするというものです。

 リーマン・ショック時には、両者の区別をすることもなく大量に雇い止めしたのが派遣会社です。こんなことで、安倍首相のいうように「雇用の安定」がはかられるものではないでしょう。要するに、派遣労働の2つの大原則を投げ捨て、「生涯派遣」を強いるなにものでもありません。

 トヨタ自動車では、生産現場は期間従業員ですが、事務・技術部門は、技術派遣、事務派遣として働く労働者がいます。連合、全労連など労働界がこぞって反対する安倍政権の労働者派遣法の改悪に反対しましょう。
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労働者派遣法 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2014/10/30 10:22

◎これでは正社員が減らされる、派遣が増える

 トヨタ自動車の本社地区には、テクニカルセンターなど技術棟が立ち並んでいます。ここには、トヨタの技術をささえる1万数千人の技術労働者が働いています。そのなかに、不安定な雇用の「技術派遣労働者」が多数います。

 40代のAさんもその1人でした。国立大学を出た優秀な技術者でした。トヨタと派遣会社との契約が終了し、他の企業へ派遣に出ていました。しかし、派遣会社が倒産したために、新たな仕事をさがしていますが見つかりません。

 Bさんは、機械設計業務以外の仕事をさせられた「業務偽装」だとして、愛知労働局にトヨタへの直接雇用を求めて申告していました。

トヨタ 技術労働者
(出勤するトヨタの技術労働者ら=三河豊田駅前で)

 安倍内閣は、労働者派遣法の「改正」を成長戦略にうたっています。厚生労働省が設けた「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」(座長・鎌田 耕一東洋大学教授)は8月20日、「報告書」をまとめました。

 同報告をもとに、厚生労働省の労働政策審議会で8月末から議論が始まります。安倍内閣は、来年の通常国会に「改正」案を提出する予定です。

 雇用主と仕事先が違うという労働者派遣は、戦後禁止されました。小林多喜二が『蟹工船』で描いたような、搾取と奴隷労働をなくするためです。ところが自民党は、財界の要求を受け入れて1985年に労働者派遣法を成立させました(日本共産党は反対)。

 こんな法律でも、原則が定められました。1つは、派遣労働者を正社員の代わりにしてはならないという「常用代替防止」です。もう1つは、派遣労働は、「臨時的・一時的業務」に限るというものです。

 たとえば技術派遣のような「専門業務」(機械設計や研究開発など26業務)以外の「一般業務」では、使用期間が原則1年(最長3年)に制限されています。

 ところが今回の研究会の「報告書」では、労働者派遣の原則を投げ捨て、正社員を派遣労働者に置き換えることができるようにするものです。正社員は減らされ、派遣労働者は増えることになります。

 「報告書」では、派遣期間の最長3年について、これまでは「業務」(部署)としていたのを「人」に変えるとしています。

 たとえばある「業務」で、Zさんが2年6カ月働いていたならば、後任のYさんは残りの6カ月しか働けません。Zさん、Yさんで合計3年たったなら、その「業務」は、もう派遣労働者を受け入れることができなくなります。

 これを「人」に変えると、3年ごとに「人」を入れ変えれば、その「業務」は、いつまでも派遣労働者を受け入れることが可能になります。これでは、「常用代替防止」がなくなり、正社員が派遣労働者に置き換わるでしょう。

 2008年のリーマン・ショックで、トヨタと関連会社では1万数千人の期間従業員・派遣労働者が雇い止めされました。今回のように労働者派遣法が改悪されたならば、もっとすさまじいことになるでしょう。

 そうさせないためには、労働者派遣法を抜本的に改正することです。▽労働者派遣法の原則を法律の目的に明記させる、▽製造業への派遣の全面禁止、▽専門業務を真に専門業務に制限する、▽違法派遣があった場合、派遣先企業に期間の定めのない契約で直接雇用されたとみなす「みなし雇用」の規定――などを折り込むことこそ、派遣労働者の保護になるでしょう。

労働者派遣法 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/08/24 20:03

◎アプリさん その後、お元気ですか?

 新年度を迎えました。新しい気持ちで迎えている人が多いでしょう。昨年3月末、このブログ「トヨタで生きる」に、トヨタの部品会社の派遣労働者、アプリさんから東日本大震災を理由に雇い止めされそうだという相談を受けました。

 アプリさんは、頑張って6月末まで契約更新ができたとメールをいただきました。そして、「不安な気持ちで部屋で待機してるのも 精神的にどうかなりそうなとこをこのブログの主さんに気持ちの部分でだいぶ救われました。これから今出来る事をやって 契約できないとしても 頑張ろうって思えるようになりました」との連絡をいただきました。

 アプリさん、その後、お元気ですか? 私たち日本共産党は、派遣労働者の労働条件と生活を大きく改善しようと労働者派遣法の抜本改正のために奮闘してきましたが、残念ながら民主、自民、公明などで派遣法改正は骨抜きにされ3月28日に成立してしまいました。

 今回の派遣法改正は、2008年のリーマン・ショック時の派遣切りのひどさから改正への世論が一気に高まりました。仕事があるときだけ派遣会社に雇用される登録型派遣と製造業派遣の禁止が共通の要求になりました。

 民主党政権の政府案は、「原則禁止」といいながら、抜け道を用意する不十分なものでいたが、その原則禁止すら民主、自民、公明が削除してしまいました。

 成立した改正派遣法は、違法派遣があった場合、派遣先が直接雇用(正社員とは限らない)を申し込んだとみなす措置を3年後に先送りしたり、日雇い派遣の原則禁止を2カ月以内から30日以内へ後退させる――などしました。「派遣社員保護へ一歩」という声がありますが、ほど遠いものです。

 アプリさんは雇い止めされそうになりましたが、こうした改正派遣法では救われないと思います。

 日本共産党は、▽製造業派遣は禁止する、▽登録型派遣は専門業務に厳しく限定し、原則禁止にする、▽違法行為があった場合は、派遣先企業に正社員として雇用させる「みなし雇用」規定を導入する、▽正社員との均等待遇――の抜本改正をめざし奮闘します。

 アプリさん、何か困ったことがあったら、このブログに是非、連絡ください。

トヨタ車体 派遣労働者 2008年
(派遣切りされる前のトヨタ車体の派遣労働者=2008年)
労働者派遣法 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2012/04/02 09:16

◎“派遣切り”を忘れた政党



 労働者派遣法の改定案が3月8日の衆院本会議で、民主、自民、公明などの賛成で可決されました。こんな法案がなぜ、堂々と国会を通過するのか?

 2008年のリーマン・ショック。トヨタ自動車では、6000人以上の期間従業員が“期間工切り”されました。トヨタ車体では1800人の派遣労働者が“派遣切り”されました。

 東京・日比谷公園では、同年年末から年始にかけて寮からから追い出され、その日の食事にも困った非正規労働者たちが集まりました。ボランティアがテントを用意し、食事の世話をする“派遣村”が出現し、日本社会に、ショックをあたえました。

 こうした事態を2度とくり返さないとして、労働者派遣法を改正しようという空気が一気に高まりました。ところが2009年に誕生した民主党政権が、翌年の通常国会に提案した「改正」派遣労働者法は、派遣労働者が腰を抜かさんばかりのものでした。

 トヨタなどの製造業や、日雇い派遣など仕事があるときにだけ働く登録型派遣の「原則禁止」といいながら、「常時雇用」されている場合や政令で定めた設計業務など「政令26業務」を除外するなど、なんら規制されないものでした。

 この骨抜き法案さえ民主党政権は、審議をせずにたなざらししました。昨年秋に、自民党に大幅に譲歩。原則禁止すら投げ捨てたうえに、違法な派遣があった場合は、派遣先が労働者に直接雇用を申し込んだとみなす規定を3年後に先送りするものでした。

 骨抜き法案からさらに骨を抜いて、何も残らなくなった法案を、民主、自民、公明の賛成多数で可決してしまったのです。日本共産党は、「派遣村を忘れたとはいわせない」と主張し反対しました。

 トヨタ車体の本社(愛知県刈谷市)の西側に、プリウスなどを生産している富士松工場があります。その南側に、5階建ての独身寮があります。現在は期間従業員の独身寮ですが、リーマン・ショックで、“派遣切り”の嵐が日本国中で吹き荒れたとき、ここはトヨタ車体の派遣労働者寮でした。

 古びた寮で、部屋には鉄パイプ製の古い2段ベットがあり、1人部屋として派遣労働者は上段を物置に使っていました。当時、トヨタ車体は2700人の派遣労働者を09年3月までに900人に減らす“派遣切り”をすすめていました。

 この寮に住んでいた40代の男性は、時給1270円で、手取りは月16万円ほど。寮費と光熱費で2万円余りが差し引かれました。食費など4万円だけ残し、故郷の家族に18万円を仕送りしていました。

 プリウスなどの生産にたずさわりながら、休日の土日は夕方から明け方まで、パン工場でアルバイトしていました。家族に仕送りするためのダブルワークです。月曜日は、アルバイト先から一睡もせずに富士松工場へ向かっていました。

 “派遣切り”された労働者たちは、寮から追い出されました。北海道など全国各地に帰ってゆきました。トヨタ車体は、派遣労働を有期労働の期間従業員に変え、独身寮も期間従業員の寮に衣替えしました。

 あれから3年半。プリウスは増産を続けています。民主党政権で、政治が、働き方が変わるはずでした。“派遣切り”を忘れた政党によって、非正規労働者の声は、閉ざされてしまったのです。2年間、たった7時間半の審議で…。

0901トヨタ車体
(”派遣切り”の嵐のなか、トヨタ車体富士松工場の派遣労働者独身寮の前には、引っ越しのトラックが並びました=2009年1月)
労働者派遣法 | コメント(9) | トラックバック(0) | 2012/03/09 09:26

◎派遣労働者の自己責任ではなく、政治に責任があるのではないでしょうか

 労働者派遣法の改定案から、製造業派遣の禁止を見送ることで合意した民主、自民、公明の各党をこのブログで批判したところ、11月19日に長文のコメントをいただきました(左の「最新コメント」欄を参照)。貴重な意見、大変ありがとうございます。しかし、私たちとは意見の異なる点がありますので、次にのべさせていただきたいと思います。

 ●派遣から有期雇用へ逃げる大企業

 1つは、コメントで、「派遣業者や企業は抜け穴として(派遣労働に代わって)請負を行います」とあります。しかし、私たちは企業は請負ではなく、リーマン・ショック以降、日産やマツダ、いすゞなど大企業は、トヨタ自動車に右ならえ、と有期雇用の期間従業員(期間社員)に切り替えていると見ています。

 一部に、有期雇用は企業の直接雇用だからいいのではないか、という意見があります。そうでしょうか。トヨタは、リーマン・ショック時に6000人以上の期間従業員を雇い止めにしました。“非正規切り”の引き金を引いた企業です。

 トヨタは、3、4~6カ月の細切れ雇用をし、「期間満了」といって合法であるかのようにして雇い止めしました。たった1回、6カ月で雇い止めされた人もいます。労働契約法17条は、「必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない」としています。これに反するものです。

 有期雇用は、労働基準法14条で、契約期間は「3年を超える期間について締結してはならない」とあるだけです。正社員の代わりに使ってはならないなどという労働者派遣法と比べ法的規制がないに等しいからです。各企業は、労働者派遣法改正の世論が高まるなか、派遣労働から有期雇用に“逃げ道”を見つけているのが実態です。

 現在、有期雇用の法的規制を強めようという世論が強まっています。厚労相の諮問機関、労働政策審議会で論議されています。

 ●労働者派遣法の改悪をすすめてきた政党

 もう1つは、コメントで「派遣に行くような人々は自己責任だ」という点です。私たちは、”自己責任”ではなく、政治の責任だと考えています。

 私たち日本共産党は、トヨタ車体の派遣労働者などトヨタ関連、下請けの派遣労働者からの訴えをたくさん頂戴し、相談にのってきました。そうした人たちは、希望して派遣労働者になったのではありません。

 日本では戦前、労働者を集めて売り飛ばす人身売買が公然と行われてきました。その奴隷労働の実態は、小林多喜二が『蟹工船』で描いています。同書は、リーマン・ショックのころにベストセラーになったことで知られています。

 戦後、国民主権、基本的人権をうたった現憲法とともに、人身売買=労働者供給事業は職業安定法44条で禁止されました。ところが財界・大企業の要望を受けた自民党が1985年に労働者派遣法を成立させたのです。その後も、小泉自民党内閣の構造改革・規制緩和路線で、派遣法は改悪に次ぐ、改悪で製造業まで解禁になりました。

 その結果が、”派遣切り”であり、”年越し派遣村”が生まれるような悲惨な事態になったのです。派遣労働者の自己責任ではなく、政治の責任―もっといえば派遣対象業務を拡大(自民、公明、旧民主)、製造業派遣を認める(自民、公明)など、非正規労働者を労働者の3割以上に増やすなどしてきた自民党や公明党、民主党に責任があると考えています。

 私たちは、労働者派遣法改定の最大の柱、製造業派遣の禁止を見送ることをやめさせる世論を広げていくために全力をあげる決意です。

08トヨタ車体派遣労働者
 (トヨタ車体の派遣労働者=2008年当時)
労働者派遣法 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2011/11/20 20:16

◎トヨタ車体の派遣寮 労働者派遣法を改めて考える―その2

 トヨタ車体の本社(愛知県刈谷市)の西側に、プリウスなどを生産している富士松工場が広がっています。工場門前には、派遣会社のマイクロバスが次々と到着しています。工場の南側には5階建ての独身寮がありました。

 現在は期間従業員の独身寮で、ペンキが塗り替えられるなど修復されています。3年前のリーマン・ショックで、派遣切りの嵐が日本国中で吹き荒れたとき、ここはトヨタ車体の派遣労働者寮でした。

 古びた寮で、部屋には鉄パイプ製の古い2段ベットがあり、1人部屋として派遣労働者は上段を物置に使っていました。当時、トヨタ車体は2700人の派遣労働者を09年3月までに900人に減らす“派遣切り”をすすめていました。

 この寮に住んでいた40代の男性は、時給1270円で、手取りは月16万円ほど。寮費と光熱費で2万円余りが差し引かれました。食費など4万円だけ残し、故郷の家族に18万円を仕送りしていました。

 プリウスなどの生産にたずさわりながら、休日の土日は夕方から明け方まで、パン工場でアルバイトしていました。家族に仕送りするためのダブルワークです。月曜日は、アルバイト先から一睡もせずに富士松工場へ向かっていました。

 男性は、6カ月契約を3回くり返した後、09年1月は、わずか1カ月契約のうえに、月末で契約解除を通告されました…。ちょうど同じころ、08年年末から09年正月にかけて東京・日比谷公園では、住居を失った派遣労働者たちの“年越し派遣村”がつくられ、日本国中に衝撃をあたえました。

男性が住む独身寮の南側には、道路を挟んでトヨタ車体労組(トヨタ労組などでつくるトヨタ労連=連合=に加盟)の事務所があります。道路にトラックが横付けになり、派遣労働者たちの荷物が積み込まれていました。しかし、同労組がトヨタ車体の“派遣切り”に対し、社会的に抗議の声をあげたということを、ついに聞きませんでした。

連合の古賀伸明会長は11月17日、民主党と自民党、公明党が労働者派遣法の改定案から製造業派遣を禁止する―改定案のもっとも中心部分を見送ることで合意したことについて、「法案を通していく苦渋の選択として受け止める」とのべ、合意を認めました。

トヨタ車体の派遣労働者が大量に“派遣切り”されてからまだ3年ほどです。製造業派遣禁止を見送る―労働組合の選択として、こんなことがありうるのでしょうか。

トヨタ車体 労組・独身寮
(トヨタ車体労組と車体の派遣労働者寮=左奥の5階建ての建物、2009年当時)
労働者派遣法 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/11/19 08:26

◎”年越し派遣村”からもうすぐ3年、労働者派遣法を改めて考える―その1

 民主党と自民党、公明党が、労働者派遣法の改正案から製造業派遣禁止を骨抜きにすることで合意していたことが11月15日、明らかになりました。住まいを失った派遣労働者の“年越し派遣村”が東京・日比谷公園につくられ、日本国中に衝撃を与えてからもうすぐ3年。労働者派遣法を改めて考えてみました。

トヨタ自動車の車を、期間従業員だけではなく派遣労働者がつくっていたことを知っていますか? プリウスやエスティマを組み立てているトヨタ車体です。2008年には5000人を超える派遣労働者がいました。

 リーマン・ショックの嵐が吹き荒れた2008年秋、トヨタ車体富士松工場(刈谷市)で奇妙な事が行われました。同工場では、A直、B直の2交代制で車を生産しています。正社員と派遣労働者がいました。

同年10月から、A直にいた正社員がB直へ、B直にいた派遣労働者がA直へ配置変えになりました。A直は、派遣労働者が主体になり、B直は派遣労働者がゼロになり正社員だけになりました。3カ月と1日たった09年1月からは、A直の派遣労働者がB直へ、B直の正社員がA直へ配置変えになる予定でした。これが終わると、2008年9月の時点に戻すというものでした(図参照)。

この手の込んだやり方は、A、B直とも3カ月と1日だけ、派遣労働者をゼロにするためだったのです。なぜか? 労働者派遣法は、派遣労働は「臨時的、一時的な場合に限る」「正社員を派遣に置き換えてはならない」という2つの原則があり、そのために派遣期間は最大3カ年という制限を設けています。

トヨタ車体は、派遣労働者を3年以上いつまでも使い続けたいと「3カ月と1日」というクーリング期間をつくったのです。これを2008年10月7日の衆院予算委員会で追及したのが日本共産党の志位和夫委員長でした。

テレビで中継された質問は、大反響を呼びました。トヨタ車体は、志位質問の1カ月後、同社のクーリングを違法と認め、配置変えを中止しました。

志位質問のニュースは、下記のアドレスで読むことができます。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-10-08/2008100803_01_0.html

トヨタ車体 クーリング



労働者派遣法 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2011/11/16 16:37
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