◎厚労省が初の過労死シンポ

 厚生労働省は11月14日(金)、「過労死等防止対策推進シンポジウム」を開きます。今年6月に日本共産党や自民党など全政党・会派の賛成で可決した「過労死等防止対策推進法」を国民に知らせるものです。

 厚労省が過労死シンポを開くのは初めて。「ついに! 何年か前まで、“過労死なんて言葉はない!”といっていた国が主催の過労死防止イベントがひらかれるまでに変わってきました」と語るのは、夫の過労死を裁判で認定(07年11月、名古屋地裁)させた内野博子さんです。

 博子さんの夫は、トヨタ自動車堤工場で働いていました。厚労省豊田労働基準監督署は、労災と認めませんでした(03年12月)。それだけに、遺族として感慨深いものがあったのでしょう。

厚労省 過労死シンポのパンフ


 日本語の“カローシ”という言葉は、世界語になるほどで、日本の過労死のひどさは世界に知られています。しかし、30年前は、突然死、急性死、在職死などと呼ばれていました。

 細川汀・元京都府立大学教授らが1982年に『過労死』というタイトルの本を出版したことがきっかけでした。細川氏は、「過労によって生体のリズムが崩壊し、生命を維持する機能に致命的破綻をきたした状態」と考え、名付けたといいます。

 全国に先がけて大阪では、81年に「大阪急性死等労災認定連絡会」を結成し運動してきましたが、これに合わせて名称を過労死に変更しました。大阪での運動は全国規模に発展し、91年11月には「全国過労死を考える家族の会」が結成されました。

 当時の過労死の認定件数は、厚労省の認定基準が極めて狭いものだったために、21件(87年度)、33件(90年度)にすぎませんでした。認定率は5%程度でした。

 家族の会や過労死弁護団、労組、支援の人々、日本共産党の国会質問などによって、厚労省の狭い扉をこじあけ、現在では310件(11年度)、338件(12年度)、306件(13年度)などと大幅に増えています。認定率も40%台になっています。

 しかし、労災認定を求める件数は、毎年800件前後で推移しており、過労死の根絶とはほど遠い状況です。こうした中で厚労省が主催して過労死シンポが開かれます。

 11月14日に東京・霞が関の厚労省講堂で開かれるシンポでは、川人博弁護士(過労死弁護団全国連絡会議幹事長)が基調講演をし、全国過労死を考える家族の会のメンバーが体験談を語ります。

              ◇

 《今日の「しんぶん赤旗」イチオシ》

 日本軍「慰安婦」問題の本質は
 中央大学 吉見義明教授インタビュー

………
 「慰安婦」問題の本質は、日本軍がつくり、管理した「慰安所」で女性が「本人の意思に反して」性的な行為をさせられた、性奴隷として非人間的な処遇を受けた、という事実を認めるかどうかです。
………

赤旗 吉見中央大教授
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内野過労死認定 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2014/10/10 11:41

◎過労死はあってはならない 防止基本法案を提出

 過労死はあってはならない――遺族たちの思いが一歩前進しました。特定秘密保護法案の強行採決で、臨時国会はとんでもない国会になりました。

 そのもとでも、過労死防止基本法制定をめざす超党派議員連盟は4日、「過労死等防止基本法案」を衆院事務総長に共同提出しました。基本法制定は、「全国過労死を考える家族の会」や弁護士などが取り組んできたものです。

 同議員連盟に加わる日本共産党をはじめ、民主、維新、みんな、生活、社民の6党が出したものです。

過労死防止法 提出
(「しんぶん赤旗」、6日付から) 

 「過労死はあってはならない」という基本理念のもと、過労死をなくすための国と地方公共団体の責務を規定し、事業主に対策への協力を求めるものです。過労を原因とする自殺や重篤な疾患も同法案の対象となっています。

 提出後に行われた記者会見には、6党の議員のほか、過労死で家族を亡くした遺族も参加しました。

 「しんぶん赤旗」(6日付)は、次のように伝えています。
 「『家族の会』の寺西笑子代表は、『働きすぎて命が奪われることがないように、過労死をなくしたい思いで法案の実現を求めてきました。一日も早くこの法案を成立させてほしい』と語りました」

 「日本共産党の高橋ちづ子衆院議員は、『過労死はあってはならないという基本理念を盛り込んだ基本法を出すことができたことは、本当に大きな一歩です。次の国会での成立を必ず実現させたい』と述べました」

 運動に参加してきた内野博子さんは次のように語っています。(内野さんの夫、内野健一さんはトヨタ自動車の堤工場で働いていましたが2002年に過労死=当時30歳=しました。博子さんの運動の結果、07年に名古屋地裁で過労死と認定されました。)

内野博子さん2
(内野博子さん)

 この過労死を予防する法律を国に作ってもらうために、全国の皆さんからたくさんの支援をいただきました(*^◯^*)。署名は52万筆にも上り、市町村からの意見書は40近く国に出されました。

 『過労死はあってはならない。子どもたちの未来が明るくなるように』との皆さんの意見が国会議員の皆さんに届いたと思います。ありがとうございました(≧∇≦)。

 超党派の議員連盟によって法案が提出されましたが、今後は来年の国会で自民党の修正を入れて、成立を目指す予定です。引き続き、応援をよろしくお願いしますm(_ _)m

内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/12/08 10:39

◎☆内野過労死問題を授業で学んだ、女子高校生とのステキな出会い☆

 過労死の認定件数がこの数年、年間300~400件で推移するなど、依然として深刻な事態になっています。「全国過労死を考える家族の会」や「過労死弁護団全国連絡会議」などは、「過労死防止基本法」の制定を求めて運動を強めています。

 基本法に、▽過労死はあってはならないことを、国が宣言すること、▽過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にすること――などを盛り込むよう求めています。

 トヨタ自動車では、わかっているだけでもこれまでに社員5人が過労死の認定をされています。その1人、堤工場の内野健一さんは2002年に過労死(当時30歳)し、妻の博子さんの運動の結果、07年に名古屋地裁で過労死と認定されました。

 博子さんは、基本法制定のためにしばしば国会に出かけています。ネットで制定を訴えています。転載の許可を得ましたので、紹介します。

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 11月19日、衆議院の一時的な通行証を首に下げ、『過労死防止基本法の制定を実現する集い』に参加しました(#^.^#)。この臨時国会で、通るか通らないか…、あと一歩! 時間との闘いみたいです。

 超党派の議員連盟が122人になり、与党の自民党からの48人も参加*\(^o^)/*。な、なんと、あの石破さん(茂幹事長)も入られたみたい! 基本法の骨子案が、要綱案になり、もうすぐ法律案になるんだそうです。会期は残りわずかです(^^;;

 署名は皆さんにいただいたおかげで、50万筆を超えています! 地元の大西健介参院議員(民主党)はじめ、何人かの議員さんへ署名提出セレモニーを行いました。NHKニュースで流れたみたいです♪

内野博子さん 201311
(内野博子さん)

 その院内集会の終わり30分くらい前に、たまたま途中から空いた隣の席に、珍しく女子高生が座りました。

 そしたら、集会が終わると、「違ってたらごめんなさい。内野さんですよね?トヨタ…の…。」。「そうですよー(*^^*)」と答えると、「私、いま高校三年生なんですが、将来、弁護士になろうか迷ってて。そのきっかけが内野さんなんです。偶然、隣に座って緊張しました」と。

 「ええーーっ───O(≧∇≦)O────?」 どうも、中学二年の時に社会の先生が、内野過労死事案を授業で取り扱ったらしいです。そこで、社会問題化してる労働問題を考え、それを解決しようとする弁護士に感動し、弱者を助ける仕事につきたくなったそうです。すごい、すごい*\(^o^)/*

 そこで、私が、右も左も分からない専門的な事を弁護士さんに助けてもらって、ホントに助かったという話をして、岩城穣弁護士、寺西笑子家族会会長を紹介しました。学生ボランティア団体の関係者へつなぎました。

 私、女子高生の将来に関わったかも…(#^.^#)。素晴らしい出会いになりました(*^^*)。

内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/12/05 08:54

◎映画『Happy-しあわせを探すあなたへ』を観た

99 映画 しあわせ
(映画のチラシから)

 内野博子さん―トヨタ自動車堤工場で過労死(2002年)した夫、健一さん(当時、30歳)の労災認定を名古屋地裁で認めさせた(2007年11月判決)―から連絡があった。

 「7年前に映画の取材を受けた『Happy-しあわせを探すあなたへ』が完成し、名古屋で上映されているので、ぜひ見て下さい」

 アメリカでつくられた映画(76分)で、世界中をめぐり、学者や個人を取材したドキュメンタリーだ。

 映画はこう紹介されている。「日本はGDP(国内総生産)世界第三位にもかかわらず、国民の幸福度は低い、世界第一位のアメリカも然り。その何故かを、アメリカのロコ・ベリッチ(監督・撮影)と、彼の親友であり、日本人プロデューサーの清水ハン栄治が、4年間に渡り、世界規模の幸福度研究の旅をする。十二人の話の中に、幸せの価値基準の転換が起こる」

 映画のなかに博子さんの部分が10分ほどあった。博子さんが撮影したビデオが流れた。健一さんが、長期のアメリカ出張から帰ってくる。博子さんが、幼い長女に声をかける。「だれだ?」。とまどう長女。「パパだよ!」。長女は、急いでソファーあったぬいぐるみ人形を取りに行き、健一さんに渡す…。

 博子さんは、健一さんの遺影がかざられた仏壇の前で、インタビューを受ける。映画では、戦後、経済大国になった日本の幸福度は最低水準だという。当然だろう。世界1の自動車メーカー、トヨタで世界に例のないような過労死が起きるのだから。

 アメリカも経済的・物質的豊かさが40年間で2倍以上になったが、幸福度は多少上がったものの、ほぼ横ばいだというグラフが出てくる。まるで、右肩上がりで2兆円もの利益をあげたトヨタの業績と、11年間に3回、3000円のベアしかない賃金のグラフとよく似ているな、と思った。

 映画では、いろんな人が登場し幸福になるにはどうしたらよいかと語っている。個人の内部の問題として語られているように感じた。今はやりの、ポジティブ・シンキングのような感じがした。

 それぞれ語っていることは、賛成だし、同意できるのだが。幸福度を上げるには、個人の側面と社会的側面の両方があると思うのだが。社会的側面からのアプローチがないので、権力側にとって都合のよい映画になる可能性があるのではないか、と少し気にはなった。

 しかし、今の自分の生き方を考える上では、大きな刺激になるのでぜひ、見てください。9月14日まで、シネマスコーレ(名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F TEL:052-452-6036)で上映中なので、急いで!

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(映画のチラシから)
内野過労死認定 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/09/10 15:48

◎過労死企業名の公表

 中日新聞系の東京新聞は、7月から長時間労働をなくせ、のキャンペーンをしています。ブログ「トヨタで生きる」は、東京新聞が掲載したトヨタ自動車の過労死記事を転載しました(7月27日付でアップ)。次に、東京新聞が8月8日に掲載した過労死企業名公表についての記事とコメントを紹介します。

99 東京新聞 過労死企業名公表を

 東京新聞の記事のように過労死を起こした企業名の公表について、内野博子さんは次のように語っています。内野さんは、トヨタ自動車堤工場で働いていた夫の健一さん(当時30歳)の過労死を、名古屋地裁判決(2007年11月)で認定させました。

 難しい問題ですね。確かに、厚生労働省の懸念の通り、『過労死が起こった会社だと公表されるなら隠してしまおう』と企業側は考えるでしょう。私も自分が夫の労災の裁判中は、特にそう思いました。事を荒立てると、会社は認めないかもしれない…と。
 でも、その後も毎年、過労死・過労自殺はなくなりません。家族会としても、起こった悲劇の相談だけでなく、未然に防止するための行動をしていかないと! すると、やっぱり過労死の起こった企業名を公表するのが、1番の抑止力かもしれません。
 ただし、名称に工夫が必要ですね。「過労死」のおきた企業ではなく、「労働災害死亡」「労働災害自殺」の発生した企業、と、厚生労働省用語に変えて同意を求めてみるのは、いかがでしょうか(^_^)

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(内野博子さん)
内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/08/27 09:24

◎内野さんは、裁判でトヨタのサービス残業を正した

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(内野博子さん=右端、健一さん=左端と子どもたち、2000年当時)

 働き過ぎ、働かせすぎによる過労死が増え続けています。仕事のストレスからくるうつ病が職場でじわじわと増えています。厚生労働省は6月15日、2011年度の「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償」を発表しました。

 「脳・心臓疾患」で労災認定を受けたのは310件(前年より25件増)で、4年ぶりに増加しました。「精神障害」の労災補償は325件(前年より17件増)で、2年連続で過去最高を更新しました。

 NHKは18日のニュースで報道しました。富士通系の会社で、うつ病から多量服薬して27歳で亡くなったシステムエンジニア、西垣和哉さん。その母親、迪世さんの悲しみ、怒りを取り上げました。母親は、昨日このブログで掲載した内野博子さんと同じように、「過労死防止基本法」の制定を求めて運動しています。

 内野さんの夫・健一さんは、堤工場のEX(班長)として、連続2交代(1直=6時25分~15時15分、2直=16時10分~1時)で働いていました。内野さんは、健一さんの帰宅があまりにも遅いので、カレンダーの余白に帰宅時間を付けていました。

 死亡(2002年2月)する4日前までは、2直なのに帰宅は毎朝6時台でした。内野さんが、カレンダーなどから計算した死亡1カ月前の残業時間は155時間25分でした。

 しかし、トヨタの勤務表にあった残業時間は、44時間30分にすぎませんでした。トヨタのQC、創意くふう活動などの作成、とりまとめを自宅に持ち帰ってまでしていたのです。

 豊田労基署は残業を45時間35分しか認めませんでした。これに対し名古屋地裁は、QCや創意くふう活動を業務と認め、残業は106時間45分だったと認定(07年11月)。「夜勤・交代制労働」についても、「業務の過重性の要因として考慮するのが相当」としました。

 100時間を超えれば過労死認定基準になります。名古屋地裁は、労基署の決定をしりぞけたのです。日本共産党の小池晃参院議員(当時)は、厚生労働委員会で桝添厚生労働大臣(当時)に、「内野さんから、『国は判決を真摯に受けとめ、控訴しないでほしい』という要請書が大臣に届けられている。絶対に控訴すべきではない」と質問しました。

 桝添大臣は「きっちりふまえて対応したい」と答弁。国は控訴せず、名古屋地裁判決が確定したのです。

 健一さんは、30歳という若さで過労死しました。内野さんは、「トヨタで、2度と夫のように過労死する社員がでませんように」と、夜勤労働を減らしていくことをトヨタに求めるとともに、「過労死防止基本法」の制定を国に求めているのです。

内野過労死認定 | コメント(5) | トラックバック(1) | 2012/06/19 11:49

◎「夜勤労働を減らして!」 トヨタ株主総会で発言を用意

 トヨタ自動車堤工場で働いていた夫を、過労死で亡くした内野博子さん(42)が6月15日開かれたトヨタ株主総会で、発言の準備をしていました。

 夫、健一さん(当時30歳)は、連続2交代制で働き、サービス残業によるQCサークル活動も加わり、2002年2月、過労死しました。名古屋地裁は、博子さんの訴えを認め、健一さんを業務上の労災と認定しました。

 名古屋地裁は判決(2007年11月)で、次のように指摘しています。

 「夜間・交代制による労働は、人間の約24時間の生理的な昼夜リズムに逆行する労働態様であることから、慢性疲労を起こしやすく、さまざまな健康障害の発症に関連することがよく知られており、とくに、近年の研究により、心血管疾患の高い危険因子であることが解明されつつあることに照らせば、健一の業務が、深夜勤務をふくむ2交代勤務制である本件勤務形態の下でされていたことは、慢性疲労につながるものとして、業務の過重性の要因として考慮するのが相当である」

 内野さんは、残念ながら株主総会で発言できませんでしたが、その内容を紹介します。

              ◇

xx番の内野です。よろしくお願いします。

震災やタイの洪水にも関わらず、御社の頑張りはすごいですが、それは工場で昼夜問わず働いている従業員の方々の献身的な働き方の上に成り立っていることは言うまでもありません。社員が健康でなければ、いい車は作れないと思っています。

そこで、夜間勤務についての質問です。
私の夫も連続二交代勤務で働いていましたが、体に負担が多く、家族のコミュニケーションや子育てに不便を感じていましたし、友達との連絡や地域の行事の参加にも苦労していました。そして、過労がたたり、夜勤の最中に倒れて亡くなりました。

医学的にも、夜間勤務は人間の健康を害する大きな問題ですし、大企業がそんな勤務体系を率先して行い利益を上げることによって、生き残りをかけた多数の中小企業の社員もまた、無理せざるを得ない状況になっています。

 先ほど、豊田社長が「トヨタに日本を任せて下さい」と言われましたが、働き方においても、他はトヨタ自動車に追随する傾向は大きいと思います。過労死だけでなく、うつによる自殺も増えています。

 私は、子どもたちに将来、夜勤はしてほしくはありません。車は生ものですか? 夜中に作らないといけませんか? 子どもたちの明るい未来のためにも、夜間勤務を少しずつ減らして欲しいと思っています。

 私は、過労死を考える家族の会のメンバーですが、先週の6月6日、衆議院議員会館で「過労死防止基本法」の制定を求める院内集会に参加しました。多くの国会議員の方が参加されましたし、会の会長は別室で小宮山厚生労働大臣にも会いました。夜勤をなくして人間らしく働ける社会になるよう、願っています。

 質問は二つ、心身の健康を害する夜間勤務についてどう考えられますか。そして、夜勤労働を減らしていく考えはありませんか?
以上、よろしくお願いします。

内野博子さん
(内野博子さん)
内野過労死認定 | コメント(12) | トラックバック(0) | 2012/06/17 09:38

◎内野博子さんからのメッセージ 『過労死…認定闘争から予防へ』 (下)

 (前日から続く)
ということで、2011年11月18日、衆議院第一議員会館にて院内集会を行いました。名付けて、『ストップ!過労死100万人署名スタート集会 & 「過労死防止基本法」制定をめざす実行委員会結成総会」』
http://www.stopkaroshi.net/

総会では、過労死防止基本法の三つの柱

(1)過労死はあってはならないことを国が宣言する
(2)過労死をなくすための国、自治体、事業主の責務を明確にする
(3)国は過労死に関する調査、研究を行うとともに、総合的な対策を行う

—を求めることを確認しました。
各政党の議員さんや秘書さんも来てくれて、ピカピカに建て替えられた議員会館で盛大な大会を開くことができました。

とにかく、家族会の会長である京都の寺西笑子さんのパワーがすごい!
そして、それを支える東京の中野さんと愛知の鈴木美穂さん。頭が下がります。実は、この大会に花を添えるように、11月10日(木)に、ある裁判がいい結果で判決を迎えました。

会長の寺西さんが原告の「過労死の企業名開示請求裁判」です。
2009年に寺西さんが、過労死などで社員が労災認定を受けた企業名の情報公開を請求したのですが、大阪労働局は不開示としたんです。

この大阪労働局の決定の適否が争われた訴訟の判決で大阪地裁は、
「公開しても社員のプライバシーや、企業の信用を傷つける恐れはなく、不開示は違法」と判断し、労働局の決定を取り消し、原告の完全勝訴という画期的な判決になりました!

弁護団も「企業側が社会的監視にさらされることで、過労死をなくす努力をより強く求められることになる」と評価しています。
寺西さんは判決後の記者会見で

「過労死を繰り返さない社会づくりに一歩前進した」と話しました。
最近の裁判官も頑張ってくれてますよね。

この裁判の控訴期限が11月24日でしたが、国は控訴してしまいました。大阪高裁にてもご支援下さい。

今後とも当事者である私たち「全国過労死を考える家族の会」と「過労死弁護団」は、過労死予防のために「過労死防止基本法の制定」に取り組みますので、皆さん応援して下さい。

”ストップ!過労死”実行委員会
 http://www.stopkaroshi.net/

 ※署名用紙はダウンロードできますので
   ”100万人署名運動”のご協力をお願いいたします。
内野博子

201111 内野博子さん3
(内野博子さん)
内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/11/27 07:39

◎内野博子さんからのメッセージ 『過労死…認定闘争から予防へ』  (上)

 トヨタ自動車の堤工場で働き、過労死した内野健一さん(当時30歳)の妻、博子さん(41)は、2007年11月、名古屋地裁で夫の過労死認定を勝ち取りました(詳しくは、このブログの「内野過労死認定」を参照)。昨年(2010年)12月には、このブログに【過労死しないための三カ条】を寄稿してもらいました。今年もトヨタの社員のみなさんへのメッセージを寄せてもらいました。

皆さん、ご無沙汰してます。
内野博子です。
めっきり寒くなってきましたが、お元気でしょうか。
私は、冬は心まで寒くなるので、とーっても苦手ですが…。

実は、皆様にお知らせとお願いがあって、筆をとらせていただきました。(実際は携帯メールですが…(*^_^*))。
私は夫の過労死裁判が終わった後も、他にも大切な人を失った方々を、支援したい(自分を支援して下さった方々への恩返しの意味も含めて)、また、これ以上、過労死が起きて欲しくない!

と、いう思いで「過労死を考える家族の会」の一員として活動してきました。ところが、過労死、過労自死は減るどころか増えています。毎年11月の勤労感謝の日を前に、厚生労働省と公務災害基金本部に要請を行うので、18日の金曜日に行って来ましたが…、

今年も新たな過労死家族会の会員にたくさん会いました…。特に、20代の若い息子をうつ病による過労死自殺で亡くした、お父さんやお母さんの新たな悲痛な叫びを耳にし、心がつかまれる思いをすることとなりました。
やはり、家族会としても、このままではいけない! 未然に防ぐ方法はないだろうか。

そこで去年から、弁護士さんと会のみんなで相談をした結果、
「過労死防止基本法」
を作ったらどうか…という事になりました。

他にも肝炎対策基本法や、災害対策基本法などがあるように、過労死防止にも基本法があっていいはずだ!と。

私としても、いくら企業に残業を制限させようとしても、企業が利益を追求するために無理な事は分かってる。いくら夜勤をやめて欲しいと言ったところで、企業は効率を求める結果、そんな案は飲めない事は分かってる。

でも、過労や夜勤が身体に悪い事もみんな分かってるはず! じゃあ、法律で規制するしかないじゃん!

そう思いませんか?

日本人の国民性は真面目で辛抱強いこと。

でも、それを良しとして辛抱強く働くと身体や心がおかしくなるのは医学的にも分かっているんだから、

やはり基本的なルールを作らないと、日本の若者や子どもたちに未来も希望もなくなっちゃう!
(続く)

201111 内野博子さん
(内野博子さん)
内野過労死認定 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2011/11/26 21:57

夫は過労死 トヨタ/「パパがんばったね」といえる日のために―その③

実は残業3倍

 昨年3月、博子さんは豊田労基署へ過労死の労災申請をしました。水野幹男弁護士らと調査した健一さんの働きぶりは、想像以上でした。

 44時間30分 トヨタの勤務表に残った死亡1カ月前の残業時間です。
 154時間40分 博子さんがカレンダーに記入していた夫の帰宅時間などをもとにした実際の残業時間です。実に3倍以上。

 品質係の班長として、品質の不具合で怒鳴られたり謝ったりすることが多く、非常にストレスの多い仕事をしていたことも、亡くなってから知りました。

 しかし、03年12月、労基署は労災として認めませんでした。当初、トヨタは健一さんの残業時間を114時間と認めていました。「労基署がトヨタに気を使ったとしか思えません」と怒る博子さん。これを不服とし、ことし1月、博子さんは愛知労働局へ労働保険審査請求をしました。

 この4月11日には、同僚や学者、愛労連の人たちが「内野さんの過労死労災認定を支援する会」を結成しました。「“トヨタ最高利益の犠牲者”は内野さんだけではない。過労死のない職場をつくろう」という思いからです。

 昨年7月、名古屋高裁が設計部門の係長の自殺を過労が原因と認定。ことし1月には、豊田労基署が本社生産技術室の課長の過労死を労災と認めるなどトヨタで過労死認定が相次いでいます。

 博子さんは、いいます。
 「『パパ、いつ帰ってくるの?』と聞く3歳の長男には、『いつだろうね』としか答えられません。父親が長い間、仕事をしていると思っているんでしょうね。夫の死が報われるように、この子のためにも公正な判断で労災認定をしていただきたいと思います」

 (この項は終わりです。以下、続く)

99内野さんカレンダー

 内野博子さんがつけていた2002年2月のカレンダー。健一さんが2直(終業、午前1時)で帰宅するのは、5日(火)午前6時40分、6日(水)午前6時10分、7日(木)午前6時20分、8日(金)午前6時30分でした。9日(土)は、「パパ命日」とあります。
内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/17 08:26

夫は過労死 トヨタ/「パパがんばったね」といえる日のために―その②

 そんなおだやかな日は、2年余りしかつづきませんでした。98年に長女が生まれる直前、英国工場へ3カ月の海外出張を命じられました。
 「断ることはできないの?」。不安な表情でたずねると、「無理だ…」と言葉少なく答えた、といいます。夫婦で会社での立場を話し合い、納得しました。
 しかし、長男が生まれる2000年、アメリカの工場へ出張を再度命じられた時には、思わず「子どもができると海外出張なの?」。
笑顔が消えて
 健一さんが倒れたのは、02年2月9日の午前4時すぎでした。工場の民間救急車で応急処置もないまま病院へ運ばれた時には、すでに心肺停止状態でした。
 「“倒れた”と聞いた瞬間、“やっぱり”という思いと『過労』の文字が浮かびました」と無念の思いで語る博子さん。
 というのも、倒れる半年前から、工場の休日稼働が増えたり、帰宅時間がどんどん遅くなったりしていたからです。直前の4日間は、午前1時が定時なのに、帰宅は翌朝6時台でした。
 「保育園へ行く子どもたちが起きる時間の帰宅でした。『ご飯はいい。風呂に入る』というのがやっと。『食べたほうがいいよ』といっても、半分は残して…。疲れ切った夫の顔から笑顔が消えました」
 “この勤務状態はおかしい。夫をもっと早く帰して!”――。工場へ電話しようと何度も迷った博子さん。「電話しなかったことを後悔しています。夫は、いい人すぎた。神様がもうゆっくりしていいよ、といってくれたんですよ」

つつみ工場

(堤工場)
内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/16 07:58

夫は過労死 トヨタ/「パパがんばったね」といえる日のために―その①

 内野博子さんのメッセージを2回(12月13~14日)にわたり掲載しました。今回からは、しんぶん赤旗日曜版が報道した内野さんのたたかいを紹介します。最初は、2004年5月2日号からです。

 トヨタ自動車が日本で初めて1兆円の利益をあげた2002年、愛知県豊田市のトヨタ堤工場で、一人の労働者が過労死しました。内野健一さん、当時30歳。夫の過労死認定を求める妻の博子さん(34)は訴えます。「倒れる直前は、明け方に帰ってくる日々でした。がんばって働いたことを認めて」―。

 「QCサークルリーダー」「(労組の)職場委員」「新入社員の教育計画と実施」…。

 胸のポケットに従業員証とともに携帯していた小さなカード。縮小コピーされた字で、「私の担当」とあります。
 健一さんの遺品です。夫は、きちょうめんで、常に周りに気を使っていました。本来の仕事のうえにこんなにもたくさんの仕事を担当していたとは…」

英米への出張

 1989年に入社。レクサスなどアメリカ向け輸出が多い堤工場で、品質管理係の班長(EX)をつとめていました。
 「本当に車が好きな人でした。ホイールを好きなものに変えたり、土禁(土足厳禁)にしたり。洗車が趣味で、元気な時は週に2回も洗ってピカピカにしていました」

 二人の出会いは、92年にトヨタマン主催のイベント。何度もツーリングデートをしました。
 一つ年下でしたが「いつも笑顔で、酒も飲まず、ギャンブルもしない清潔な人」と好感を持ったといいます。
 95年に結婚しました。共働きでしたが、週末になるとドライブに出かける幸せな生活でした。

内野1
内野過労死認定 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/15 08:51

内野博子さんからのメッセージ(下)

トヨタの社員のみなさん! 夫のように過労死しないでほしい。そのための私のメッセージです。

【過労死しないための三カ条】

(1) 夜は寝ること
過労死は不眠死です。
人間は体温や光の一定のリズムの中で健康を保つ動物です。
夜勤をしていると、リズムが崩れ、良質な睡眠を奪われます。看護士や
警備員は夜勤の必要性がありますが、車は夜中に作らないといけないのでしょうか?
できれば、夜勤をなくす運動をしませんか?

(2) ムダな遊びをすること
夢中になれる趣味をもち、ストレス発散して下さい。
また、トヨタ系列以外の友達と交流し、世界を広げて下さい。自分の置かれている状況が客観的に分かりますよ。

(3)インフォーマル活動はほどほどに
業務扱い以外のインフォーマル活動はなるべく避けましょう。
確かに会社の為になるし、自分の糧にもなります。
でも倒れた時には残念ながら、好きで勝手にやってたんでしょと言われるだけです。

《まとめ》
人は生きるために働くのであって、死んではどうしようもありません。
老後のためやローンのために働くのではなく、楽しく生きるために働いて下さいね。

内野博子


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(内野博子さん)
内野過労死認定 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/12/14 08:04

内野博子さんからのメッセージ(上)

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(内野博子さん)

 トヨタ自動車で働き、過労死した内野健一さん。夫の労災認定を勝ち取った内野博子さん(40)のたたかいを掲載します。初めに、博子さんのメッセージを2回にわたって紹介します。

 夫、健一は、トヨタの堤工場(豊田市、プリウスを生産)で2002年2月9日に過労死しました。1歳と3歳の子どもを遺し、30歳で亡くなってから8年余になります。

夫の頑張りを認めてやってほしい、と過労死の認定に取り組みました。豊田労働基準監督署は却下しましたが、07年11月、名古屋地裁が認めてくれました。長時間残業に加え夜勤の負荷、カイゼン活動の業務性も含めて認められました。

認定されたのは、トヨタの社員のみなさんをはじめ、多くの支援の人たちの力があったからです。改めて感謝しています。

現在は、安城市で2人の子どもと3人で住み、名古屋でプログラマーのパートを続けています。母を4年前にガンで亡くしているので、育児と家事はきちんとはできず、1人でできる範囲でしています。

ただ、労災認定の時期に多くの方にお世話になったので、いろいろ恩返しをしたいと思い、関係してきた団体のお手伝いをさせていただいています。過労死を考える家族の会、遺児会、子ども会、学童クラブ、国民救援会…と。

遺児会では、子どもが小さくて家族の会の総会などにも出られない人が多いので、年1回交流会を開いています。今年は大阪のキッザニアという職業体験のテーマパークへ行きました。

小学校4年生になった雄貴は、研究者になったり、自動車の整備士になったりしました。多くの遺児は、父親が仕事で過労死した事で、仕事に対してマイナスイメージを持って悩みますが、ちょっと夢を持たせることができました。

小学校6年生になった亜美は、学校の児童会長をしています。ジャズダンスもやったりと元気いっぱいです。

名古屋の家族会では、自分の裁判は終わっても、仲間の裁判の傍聴の応援を続けています。

1人認定されても、毎年新しい過労死遺族が生まれます。いったいいつになったら終わるのか…。

でも、私たちの希望は過労死を亡くすことです。人間らしく働くと言ってもいろいろな事がありますが、私は、まず夜勤をなくすことだと思います。夫は2直の夜勤明け間近に亡くなりましたが、身体がもたなかったのです。

全国家族会では「過労死防止基本法」の制定に向けて、過労死弁護団とともに10月、東京の衆議院議員会館で院内集会を行いました。私はここでも国会議員に大企業の夜勤の禁止を訴えました。
内野過労死認定 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/12/13 11:42
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